近年の包装容器のトレンドは、缶やビンなどの重い包装容器からプラスチック、紙器、軟包装といった扱い易く軽い容器へのシフト、1次容器+2次容器といった多重構成から、よりシンプルな1次容器への集約化に代表されます。このような流れの中で、成長してきたのが、軟包装です。
軟包装は、包装材料の約3割を占めるプラスチックを材料とする包装で、1950年代の即席麺の登場、60年代の冷凍食品、70年代のレトルト食品、80年代の電子レンジ食品など、食品包装におけるイノベーションにおいて大きな役割を果たしてきました。
軟包装は透明で中身が見えることや、品質維持のためのバリア機能、高い密封性、省資源、グラビア印刷による美麗な包装によって市場に受け入れられてきました。ちょうどスーパーやコンビニなどのセルフサービス業態の成長とともにその活躍の場が広がっています。軟包装は食品市場だけでなく、わが国では化粧品、トイレタリー市場でも早くから詰め替え容器として使われていますが、海外でも最近はガラスやプラスチックボトルなどの代替として軟包装スタンディングパウチが広く使用されるようになっています。
近年では食品ロスにつながる容器包装として鮮度保持、賞味期限延長、輸送時の損傷軽減として軟包装が評価されています。
具体的には農林水産省の「食品ロスの削減に資する容器包装の高機能化事例集」をご覧ください。
この事例集では、ペットボトルから逆止弁付きのパウチに変えることによって開封後30日程度の消費が奨励されていた醤油の賞味を酸化防止効果よって180日に延長した例や、水分の蒸散を抑制する鮮度保持袋によって、野菜の鮮度保持期間を通常の3倍以上に伸ばした例などがとりあげられています。
一般的に軟包装パッケージは機能の異なるフィルムを多層に貼り合わせることによって機能を付加します。 キューピー株式会社のキューピーハーフは酸素バリア機能を持ったフィルムや酸素吸収機能を持ったフィルムを貼り合わせることによって賞味期限を7ヶ月から12ヶ月に伸ばしています。
しかしながら多層化されたフィルムのリサイクルには技術的にまだ課題があり、NEDO(産業技術総合開発機構)や海外、日本の企業や研究機関で開発研究がなされているものの実用化までには至っていません。
海洋プラスチック憲章
順調に成長の方向がみえていた軟包装パッケージの行方に赤信号が点灯されたのが、2018年6月にカナダで開催されたG7(主要7カ国首脳会議)で採択された、プラスチックゴミによる海洋汚染問題への各国の対策を促す文書です。この「海洋プラスチック憲章」では、2030年までにプラスチック製品のすべてを再利用可能あるいはリサイクル可能に、どうしても再利用やリサイクルが不可能な場合は熱源利用等の他の用途に活用(リカバリー)することが提言されました。
OECDの調査によればプラスチック廃棄物は9%しかリサイクルされていないため、年々汚染は増加しています。一人当たりの年間発生プラスチック廃棄物は、米国の221kg、欧州のOECD諸国の114kg、日本と韓国は平均で69kgです。
ほとんどのプラスチック汚染は、マクロプラスチックと呼ばれる大きなプラスチック破片の不適切な収集と処分に起因しますが、工業用プラスチックペレット、合成繊維、路面標示、タイヤ摩耗などからのマイクロプラスチック(直径5mm未満の合成ポリマー)の漏出も深刻な懸念とされています。
軟包装は安全に、新鮮に、簡便に、そして美味しい食品を食べたいという現代の消費者のニーズを実現するために大きく貢献していますが、その一方プラスチック廃棄物による汚染という課題も併せ持っています。そんな中欧米の公的機関や多くのブランドオーナー、パッケージ関連企業が様々な試みにトライしています。
主なブランドオーナーの対応
コカ・コーラ |
2030年までに製品に使用するすべてのボトルと缶の回収・リサイクルを推進するグローバ ル目標に基づいて、日本コカ・コーラは2030年までにPETボトルの50%をリサイクル素材にする。 |
マクドナルド |
2025年までに、顧客用容器包装の100%に再生可能、リサイクル、または認証済み資源を使用し、特に森林管理協議会の認証を優先。全店舗で顧客用容器包装をリサイクルする。 |
ユニリーバ |
2025年までに同社のプラスチック容器すべてをリユース、リサイクル、堆肥化可能なものにする |
ネスレ |
2025 年までに包装材料を 100%リサイクル可能、あるいはリユース可能にする。 |
アディダス |
2024年までに、全製品に再生ポリエステルのみを使用することを目指す。 |
スターバックス |
プラスチック製の使い捨てストローの使用を2020年までに世界中の店舗で全廃する。今後はストローを使う必要のないプラスチックのふたを提供するほか、紙製や堆肥化可能なプラスチック製のストローを導入。 |
プラスチックリサイクルへの対応
軟包装は、これまで「小さくたたんで捨てられる=ゴミの容量削減」というメリットを訴求することで、びん、缶、プラスチックボトルなどの成形容器よりも薄肉軽量で容器の減量化・減容化につながる環境配慮型の包材として訴求してきました。しかし世界的規模で使い捨てプラスチック廃止への取組みが進む中、その戦略の転換が求められています。
インキメーカーのDIC社は大手パンメーカーと共同で、パン包装に使われるプラスチック由来の廃棄軟包装フィルムの再生資源化に向けて、マテリアルリサイクルを実施しています。
軟包装フィルムは、バリア性などの機能強化のために多層化されたフィルムの剥離が難しかったり、印刷インフィルム剤など複層構造で成形されているため、従来のマテリアルリサイクルの手法では印刷インキなどが着色されたペレットに再生加工されるため再利用の用途が限定されていました。DICは、印刷インキ除去技術を用いて、着色されていないリサイクルペレットに戻すことで新たな再生用途を実現させています。
三井化学グループも、軟包材分野における廃プラスチック削減の取組みとして、フィルム加工・印刷工程で発生する廃プラスチックを再資源化し、軟包装用のフィルムとして再利用するための実証試験を全国グラビア協同組合連合会と協力し2019年8月より開始しています。
包装分野で権威のあるダウイノベーションアワード2021の最高賞に選ばれたのは、オーストラリアのOFPackaging社のリサイクル可能な高バリアスタンディングパウチで、既存のリサイクルシステムに対応できることが高く評価されました。
オーストラリアではRoll'n'Recycle®という仕組みで軟包材を一般の家庭用のゴミとして回収できます。
リサイクルを推進していくためにはリサイクル技術の開発に加えて、リサイクルしやすいモノマテリアルフィルムの開発やバイオプラスチックの開発も重要になります。
モノマテリアル化
軟包装フィルムは一般的にバリア機能や印刷適正などの機能を持った複数の素材(マルチマテリアル)で構成されています。これを単一の素材(モノマテリアル)で構成されたパッケージにすることでリサイクルの際に素材ごとに分離する必要がなくなるため、リサイクルしやすくなります。
日本のパッケージ業界で権威ある「第45回木下賞」ではユニリーバ・ジャパンの紅茶ブランド「リプトン」に採用された「DNPモノマテリアル包材PPアルミ蒸着仕様」はアルミ箔を使わなくても酸素や水蒸気のバリア性が高く、長期保存に適した包装資材としてリサイクル適正も高くなっています。
またバリアフィルムで世界トップシェアの凸版印刷GLシリーズもPET・PP・PEのモノマテリアル包材を開発しており、ユニリーバ・ジャパンのヘアケアブランドの新製品「ラックス ルミニーク サシェセット 限定デザイン」のモノマテリアル化を実現しました。
本製品は、PET基材の「GL FILM」と、PETシーラントにより構成されています。この製法と素材構成により高い酸素バリア性と水蒸気バリア性を確保し、内容物の香りや品質を損なわない低吸着性を付加すると同時に、長期保管の重量減少も抑えることが可能となりました。また単一素材化(モノマテリアル化)によるリサイクル適性の向上を実現しています。アルミフィルムで構成された従来品と比較して包材製造時のCO2排出量を約25%削減しました。
環境省によれば、プラスチックの処理のなかで、リサイクル(マテリアル、ケミカルを合わせて)されているのは全体の1/4。ほとんどが熱処理と焼却・埋め立てであり、モノマテリアル化は重要な施策といえます。
バイオプラスチックの導入
バイオプラスチックとは、植物などの再生可能な有機資源を原料とするバイオマスプラスチックと微生物等の働きで最終的に二酸化炭素と水にまで分解する生分解性プラスチックの総称です。
バイオマスプラスチックはトウモロコシやサトウキビなど、植物由来の原料を利用して作られており、バイオマスプラスチックを燃やしても二酸化炭素が出ますが、それはバイオマスプラチックの原料である植物が育つときに光合成で吸収された二酸化炭素であるため、大気中の二酸化炭素の増減に影響を与えません。
マクドナルドは使用済みプラスチックやバイオベースプラスチックによって構成されたプラスチックカップをジョージア州で提供しています。このカップの開発パートナーにはINEOS、Neste、Pactiv Evergreen、LyondellBaseなどの企業も参加しており、プラスチックのリサイクルへの画期的なプロジェクトといわれています。
サントリーはペットボトル原料の30%を構成する「モノエチレングリコール」を植物由来原料で生成し、植物由来原料30%のペットボトルを2013年から「サントリー天然水」に導入しました。また米国アネロック社と連携し100%植物由来のPETボトルを開発済みです。
日清食品はカップヌードル発売50周年を記念して全ての「カップヌードル」ブランド容器をバイオマス度80%の「バイオマスECOカップ」に切り替えています。
フィルムから紙への移行
プラスチックに対する環境面の課題から紙化への動きもみえてきました。ネスレ日本はチョコレートの「キットカット」の主力商品である大袋タイプの外装をプラスチックの軟包装から紙に変更し、プラスチックの減量化をおこないました。
また、コカ・コーラもデンマークのスタートアップ企業The Paper Bottle Company(PABCO)の協力のもと 植物ベースの飲料「AdeZ」のパッケージにリサイクル可能なプラスチックの裏地とキャップを備えた紙のシェルで構成されたペーパーボトルを市場テストしています。
PABCOは、紙としてリサイクルできるボトルの開発を究極の目標としておりCarlsberg、L'Oréal、The Absolut Companyなどとも共同開発を進めています。キットカットの様に、直接食品や液体の内容物に接触しない2次包装の場合は紙化は容易ですが、飲料や液体を扱う1次包装への分野への完全紙化は難しく、牛乳パックやカートカンは紙に軟包装を貼り合わせることで液体に対応しています。ネスレの「ネスカフェプロテクトプロスリム」は世界初のリサイクル可能なアルミホイルフリーのインスタントコーヒーの包装でダウイノベーションアワード2021の銀賞を獲得しています。
紙を50%以上使用すれば紙製品になりますが、そこには軟包装フィルムが使われていることも多く、マイクロプラスチックの問題が解決されているとは言いきれません。
軟包装の憂鬱
軟包装は加工しやすく、安価、軽量、内容物保護機能も高く、透明で水分を透過せず、耐熱性や酸素を通さないといったバリア機能を持ち、紙や缶、ガラスなどの包装材料と複合化することも可能なため、食品ロスや賞味期限の延長などに貢献できる強力な包装材料ですが、海洋プラスチック憲章と無関係ではありません。(ちなみに日本は海洋プラスチック憲章に米国とともに署名を拒否。)コンビニやスーパーへ行けば、数えきれない種類、量の包装を見ることができます。2030年に向けて、軟包装製品のブランドオーナーは軟包装の持つ強力な機能を優先するか、環境を優先するかシェークスピアの名言を思い起こすでしょう。
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