新商品のデザインをするよりも、リニューアルデザインをする方が緊張するというデザイナーは多いと思います。実際、私もその一人です。それが求められる時は、大抵は売り上げに翳りが見えた商品の起死回生をかけている状況で、非常にプレッシャーのかかる仕事です。有名な2009年のトロピカーナのリニューアルの失敗は、リニューアルに取り掛かるときにパッケージデザイナーなら誰しも頭によぎる、他人ごとではない悪夢のような教訓と言えるでしょう。
一方で、パッケージリニューアルが成功して売り上げに貢献した例もたくさんあります。今回は、ブランド大国アメリカでの、リニューアルが成功したとされる例をご紹介します。
白い棚で際立つアイスランドの色:『ICELANDIC PROVISIONS SKYR』
イリノイ州にある巨大なスーパーマーケットでも、ヨーグルトは健康志向で美味しい食品として非常に人気です。実際に売り場を見てみると、ヨーグルトはカテゴリーのイメージカラーとして白が支配的であり、全体的に白い棚が広がっています(画像1)。
『ICELANDIC PROVISIONS SKYR』は、真っ白な売り場での競争に向けて、パッケージデザインのリニューアルで勝利を収めたと言えます。旧デザイン(画像2)は、白を基調に、アイスランドの牛と景色のイラストを添えた、ごく一般的なデザインで特にわるいものでもなかったので、数年で多くのファンを獲得しましたが、この競争の激しいヨーグルト市場の中で今後も強く生き抜くため、ベンチャー企業であるICERANDIC PROVISIONS社は、将来的にもっと多くの顧客を引きつける必要があるとの考えから、デザインの刷新を決断しました。
同社は「一度商品を試した人は、魅力に気づいてリピート買いしてくれる。だから認知度をあげる必要がある」との考えから、リニューアルに取り組みました。以下がリニューアル後のデザインです(画像3)。
まず、旧デザインでメインロゴに使った『ICELANDIC』は、『PROVISIONS』と同等か、それ以上の扱いになっています。これはICELANDIC=アイスランド風というのはヨーグルトの種類を示しているに過ぎず、固有のブランド価値ではないと判断し、独自性のある『PROVISIONS』の方を強調したからだそう。その分弱くなったアイスランドのイメージは、バイキングの船のシルエットやルーン文字的な同社オリジナルのロゴタイプでサポートさせたのでしょう。実は白い棚で目立つ戦略は、多種のバリエーションが並んだときに力を発揮します(画像4)。
ちょうどプレーンタイプがどの店舗に行っても売り切れていたので、バリエーションのみが並んだ画像しか用意できずに申し訳ないのですが、戦略の意味はこの画像でもご理解いただけるのではないでしょうか。
象徴的な船のシルエットのロゴが浮かび上がり、アイスランドの家の色に着想を得た鮮やかな色でまとめたビジュアルと、商品棚の正面に立ったときに目に入る広い面積の桶型のカップ形状との相乗効果が出ていると思いませんか?
このデザイン変更により売上高は半年間、前年比で16%増加したそうです1。一度試せばリピーターになる説が正しかったとすれば、長期的な成長はさらに期待できるでしょう。このような劇的な変化に賭けたことは、リスクが高いがリターンも大きい勝負を成功させたと言えるでしょう。
黒いレザージャケットを纏って白の世界へ:『OIKOS(オイコス)』
こちらは逆に、白ベースにリニューアルした成功例です。
日本でも馴染みの深いダノン社のギリシャ風ヨーグルトブランド『オイコス』は、発売以来、何度かのデザインリニューアルを経てきました。特に劇的に変化が見られたのは、ギリシャの空を連想させる特徴的なブランドカラーのブルーを基にしたデザイン(画像5)から、白基調に転換した時期だと思われます(画像6)になった時だと思われます。この一大リニューアルを決断させたのは、やはり売上の低迷だったようで、失敗すればブランドの消滅の可能性もあったのではないでしょうか。この激変は、背水の陣の覚悟を窺わせます。
『オイコス』も、前述の『ICELAND PROVISIONS』と同様、ギリシャ風ヨーグルトという他社と共有できてしまう要素は弱めたようです。実際、ギリシャ風ヨーグルトのカテゴリーは人気であり、逆に言えば他社も含めて多くの商品で飽和状態、安定していて単調な棚になっていたとも言えます。
そのような売り場分析のもと、『オイコス』は消費者へ刺激を与えるブランドになることを決め、「黒いレザージャケットを着たヨーグルト」として白い棚に再登場するアイディアを採用したのです。
このイメージを見失わず、太いゴシックのロゴと、極端に拡大された迫力のあるスーパーリアルなシズルカットなど、デザイン素材をロジカルに組み合わせて行くことで結実させた印象的な新デザインは、白基調でありながら、棚に埋もれることなくリニューアルに成功しました。リニューアル前の9ヶ月間、前年度比18%減だったところ、新デザイン発売から4ヶ月で7%増加したと報告されています2。
カテゴリーリーダーとしてさらに高みへ:『Chobani』
『Chobani』も『オイコス』同様、ギリシャ風ヨーグルトのブランドです。ヨーグルトにとどまらず、牛乳やコーヒーフレーバーなど幅広いラインナップを持ち、ブランドの強さを誇っています。時には『Chobani』という名前がギリシャ風ヨーグルトそのものを指すように一般化されるほど、カテゴリーをリードする力強いブランドと言えるでしょう。
市場で強者でい続けるためには、既存のファンが離れるリスクがある大胆なパッケージのリニューアルはあまり良い戦略とは言われません。しかし、『Chobani』は長期的なブランド育成を見据え、大胆な改革を行いました。
旧デザイン(画像7)は白を基調にし、新鮮でヘルシーなイメージを演出していますが、これだけではブランド独自の個性が欠けており、競合他社にも模倣されてしまい、白い棚に埋もれてしまう危険性がありました。さらに、細いロゴタイプは印象に残りにくく、目を引きにくいという弱点も抱えています。
さて、新デザインと比較する前に、先ほどの『オイコス』の新デザイン版のストロベリー(画像8)と見比べてみてください。
少し似ていると思いませんか?かつての『Chobani』の方向性を、『オイコス』が改善して成功した、という見方をしたら面白いかもしれません。もし『Chobani』のリニューアルが、リスクを恐れてロゴを太くする程度の単なる改善に留まっていたら、『オイコス』と似たようなデザインになっていた可能性もあるのかもしれません。
しかし実際には、すでに獲得した多くのロイヤルユーザーに見放されるかもしれないリスクを超えて、独自のブランドイメージを確立するために、大きな変革に踏み切ったのです。
旧デザインのパッケージはツヤツヤとした真っ白なプラスチックで、いかにも工業製品的な印象がありました。『Chobani』のこれからのブランドイメージは、自然で有機的なものであるべきだとして、しっとりとしたマットなテクスチャーの、優しいオフホワイトのカップになりました。
リアルでインパクトのあったシズルカットは水彩調のイラストに変わり、人の温かみを感じられる表現になりました。弱点だった細いロゴも太くなりましたが、丸みを感じられる優しい印象で、『オイコス』の太いゴシックロゴの力強さとは異なる独自の差別化が図られています。
『Chobani』は、こうしたデザイン変更により、追随者に模倣されにくくなり、ブランドをより強固なものにしました。リニューアル後の2020年には売り上げが12%増加したというデータも示唆されています。しかし、数字を見なくても、ヨーグルト売り場を席巻する『Chobani』ブランド(画像10)を見れば、その成功は明らかです。
さて、この新デザインの成功によって、現在もこのデザインかというと、実は微妙に変わっているのです(画像11)。
シズルカットは同じ手書きの水彩風ではあるものの、少しリアルなタッチになり、断面を見せておいしさの臨場感をあげています。Strawberryの表記を色付きにしたのも、味の表現に力を入れているように見受けられます。
ただ、このデザイン変更は、普段から製品を注意深く見ているユーザーでない限り、気づかないかもしれません。比較してみれば違いは分かりますが、ある日突然、画像10のデザインに変わっても、気が付かない人も多いでしょう。
『Chobani』は、自分たちが信じるデザイン方向性が定まった後は、短期的にはマイナーチェンジをして新鮮味を保つ方法を採用し、理想的なブランド育成を継続しているようです。
最後に:リニューアルの出発点はブランド
今回紹介した3つの例は、ヨーグルトという共通のカテゴリーに属していますが、売り上げアップに成功した要因は、各ブランドが自身のポジショニングを再構築し、再確認したことにあるようです。
競合と共有できてしまう要素は捨て、自ブランドだけが持つ価値を引き立てられた時、真っ白な棚の中でパッケージが魅力的な主張を始めます。
『ICELANDIC PROVISION』は白ベースへのこだわりを捨て、成功していますが、『オイコス』は逆に白を選ぶことで成功しています。
『Chobani』がブランドの位置について再検討せず、『オイコス』の新デザインに近いデザインを採用したとしても、成功したかは疑問です。素朴で温かいブランドイメージを選んだ『Chobani』は黒いレザージャケットを着るべきではないでしょう。
つまりカップを白くすればいいとか、イラストをリアルにすればいいとか、デザイン要素そのものに売り上げアップのための一つの正解があるわけではなく、ブランドの個性やポジショニングと最適な要素を合致させることが成功の鍵であることが、今回の3つの例からよく理解できます。自身のアイデンティティやユーザーへの見せ方を出発点にして、慎重にデザインを検討・適用した結果、売り上げアップにつながったと言えるのではないでしょうか。
画像引用元:
画像2:https://us.amazon.com/Icelandic-Provisions-Plain-Yogurt-Ounce/dp/B07LGTPF8W アクセス日時:2023年9月27日
画像3:https://www.icelandicprovisions.com/skyr-product/plain-skyr/ アクセス日時2023年10月3日
画像5:https://waterbutlers.com/products/dannon-oikos-nonfat-plain-greek-yogurt-5-3-oz アクセス日時2023年9月27日
画像6:https://www.oikosyogurt.com/greek-yogurt/blended-greek-nonfat-yogurt/plain/ アクセス日時:2023年10月3日
画像7:https://www.agatavalentina.com/Chobani-0-Strawberry-Greek-Yogurt-5oz-P19725.aspx アクセス日時2023年9月28日
画像8:https://www.oikosyogurt.com/greek-yogurt/blended-greek-nonfat-yogurt/strawberry/ アクセス日時 2023年10月3日
画像9:https://www.marketplacestores.com/shop/dairy_and_eggs/yogurt/chobani_strawberry_greek_yoyogu/p/60248 アクセス日時2023年9月28日
売上情報ソース:
1『Venturesome and Viking-Inspired: How Icelandic Provisions’ Redesign is Conquering the Yogurt Aisle』https://www.designalytics.com/insights/icelandicprovisions (アクセス日時2023年9月28日)
2『Breaking Boredom: How Oikos Went From “Pass” to “Badass” in Consumers’ Eyes』https://www.designalytics.com/insights/awards-oikos#:~:text=Oikos%27%20new%20look%20launched%20in,period%20during%20the%20prior%20year. (アクセス日時2023年9月28日)
3『Sales growth of Chobani in the United States from 2019 to 2021』Statista https://www.statista.com/statistics/515829/chobani-sales-us/ (アクセス日時2023年9月28日)