香港の文化を支えてきた旧来の会員制クラブ
古今東西、さまざまな文化が融合している香港。最近、日本からいらした20歳前後のモデルさんと仕事をご一緒したときに「え、香港って昔イギリスだったんですか?」と言われ、とても驚いた記憶があります。日本の若い世代からすると「元英国領、元植民地」ということを知る機会がないのかもしれません。
とはいえ香港には未だに英国領時代の伝統が脈々と続いています。その代表例が「チャイナクラブ」「香港ジョッキークラブ」「香港ヨットクラブ」などの名門会員制クラブ。
入会金や会費が高額だというだけではなく、新規会員になるには既存会員の推薦や、厳格な審査を経る必要があったり、限りなく長いウェイティングリストがあったりするクローズドな世界です。日本と違って華やかなソーシャライトが集まる社交界が存在する香港では、そんなハイソサエティな方々が、代々これらのクラブの会員となっています。
また、国際金融都市である香港には、投資銀行やファンドなどでご活躍のリッチなバンカー達がいます。美食家が多いため、最高級レストランの常連として経済を支えるだけでなく、「お気に入りのシェフを抱えて、大切な客人を接待できる店が欲しい」と、仲間と投資してレストランオーナーになり、香港の豊かな美食文化に血液を巡らせる存在になっています。
スーツ族お断りの新世代クラブ
2019年9月、香港にオープンした「ソーホー・ハウス(SOHO HOUSE)」は、そんな旧来の会員制クラブからかけ離れた新世代のクラブです。1995年、ロンドンで創設され、「クリエイティブ業界のための会員制クラブ」として「ビジネススーツお断り」というドレスコードを掲げています。「バンカー達が入るクラブはほかにいくらでもあるから」という意味もこめて、まったく異なる層を対象にしていることを宣言しているのです。
2020年2月現在、イギリスとアメリカの各9軒のほかに、アムステルダム、バルセロナ、インスタンブールなども加えて、世界に全26軒のソーホー・ハウスがあり、「Every House」という会員タイプを選べば全世界のハウスを利用可能です。ハウスによって異なりますが、主な併設施設にはレストラン、バー、宿泊設備、映画館、ワークスペース、スパなどがあります。
そんな「ソーホー・ハウス」は、2018年にインドのムンバイでアジア初進出を果たしました。香港はアジア2軒目であり、東アジア初。30階建てのビルをフルに使った、世界のソーホー・ハウスの中でも最大という11,148㎡もの総面積を誇っています。
館内の各所では、フィットネスクラス、映画鑑賞会、レクチャーやワークショップ、イベントが随時開催されており、会員用アプリでスケジュールを検索して、参加を申し込むという仕組みになっています。
実は私も「ソーホー・ハウス香港」の創設メンバーになっていまして、オープン時から利用しています。ここからは皆さんをご案内している気分で、施設をご紹介しましょう。
特別感のあるラグジュアリーな空間
「ソーホー・ハウス香港」があるのは、昔ながらの乾物屋やローカルレストランが並ぶ上環の大通り。目の前にはトラムが走っていて、香港らしさ溢れるエリアです。
周辺の建物とは違うシンプルモダンなデザインのビルには、よく見るとSOHO HOUSEと小さく書かれていますが、よほど気をつけてみないと気が付きません。ドアを開けると雰囲気のいいラウンジとレセプションがあり、会員証を提示して入場します。
「ソーホー・アクティブ」と名付けられたフィットネス設備が11階~15階。11階には受付とともにサウナ設備のある更衣室があり、12階と15階がそれぞれ吹き抜けになった気持ちの良いジムには、最新フィットネス器具、ヨガスタジオ、ボクシングリングなどが揃います。
17階~23階には、会員のためのオフィススペース「ソーホーワークス」をただいま建設中。2020年4月完成予定だというので、楽しみにしています。
25階~26階には、大小のイベントのために借りられるプライベート・ルームやラウンジがいくつもあります。25階には、最新映画から過去の名作まで、さまざまな映画が上映されている本格的な試写室があり、会員に人気を呼んでいます。
27階は、メンバーが日頃集う中心でもある「ドローイング・ルーム」。多数のテーブルとソファがあり、ランチやスナックもここでいただけます。
28階は本格レストランになっている「ハウス・ブラッセリー」で、有名広東料理店にいたシェフが作る北京ダックや点心が評判のほか、ヘッドシェフの出身地であるタイの味覚も魅力的。
29階がバーを中心にしたスペースで、やはり多数のテーブルがあり、カラオケナイトのためのステージも設置されています。
30階には屋内プールを備えた「プール・ルーム」があります。バーに囲まれた小さなプールなので、ここで水着になる度胸がある人はいるのだろうかとも正直思いますが(笑)、プールサイドの雰囲気を屋内に持ちこんだエリアという印象です。
見事なインテリアは、ウォン・カーウォイ監督の映画で描かれた、アンニュイで、レトロで、東西が麗しく融合された香港をイメージしており、落ち着きと華やかさを同居させています。
香港に限らず、ミレニアル世代の嗜好を意識した世界中のホテルやレストランで、近年王道になりつつあるのが、「とびきりスタイリッシュで高品質だけれども、カジュアルで居心地がいい」というテイスト。「ソーホー・ハウス」のインテリアやコンセプト全体も、まさにその流れにあります。
旧来の会員制クラブが強調する特権的な重厚感ではなく軽やかさを重視し、バーを充実させつつも全体的に徹底してヘルシー志向。
充実したヘルスクラブでさまざまなクラスに参加した後、同業者のメンバーやクライアント、友人との会食があれば、クラブ内のレストランでオーガニック野菜たっぷりのランチをいただく。その後はラウンジでコーヒーを飲みながらノートパソコンを取り出してしばらく仕事をするというのが、典型的な利用法です。
まもなくワークスペースが完成するので、以降はそちらで仕事をするメンバーが増えると思いますが、27階や29階のほぼ全てのテーブルにコンセントとUSBチャージポートが設置されているので、昼間はノマドワーカーがずらりと並んでいます。
ちなみにハウスルールの中でもなるほどと思ったのが、「クラブ内撮影禁止」。「カメラが先に食べる」と言われるほど、食事をSNSにアップする習慣が強い香港の中でも、もっともSNSにどっぷり浸かっている会員が自分も含めて多いので、初めは少し戸惑いましたが、慣れるととても心地よくなりました。
各ハウスの会員数は非公表ですが、世界中の全会員数は10万人。今までに香港でお会いした方の業種は、私と同じ海外出身のフリーランスジャーナリストから香港人の雑誌編集者やライター、ミュージシャン、デザイナー、シェフ、バーコンサルタント、ショップオーナー、マーケティング会社経営者、Eコマース関係者、建築家など、クリエイティブ業界といってもさまざま。
専門分野は人それぞれながら、マインドに共通点を持つ人が日常的にふれ合う場所と機会ができて、徐々にコミュニティ感覚が芽生えてきているのを感じています。私はまだまだ参加度が少ないものの、ここでの出会いがいつか何か面白いことにつながるかもしれない、そんな可能性も確かに感じ始めています。
香港では、2019年秋のオープン前後がまさに反政府活動による衝突が最も激化した時期であり、その後はコロナウィルスの問題が起きました。「ソーホー・ハウス」にとってはとても難しい滑り出しになってしまいましたが、長期的なプレゼンスを考えての進出ということなので、ぜひ今後も頑張って欲しいものです。
ちなみに「ソーホー・ハウス」がぜひオープンさせたいと熱望しているのが、東京。ふさわしいロケーションを絞るのに香港でも10年を費やしたそうですから、納得のいく物件が見つかれば東京でのオープンも決まることでしょう。
香港でも生まれたばかりのこのクラブについて、ぜひ頭の片隅に入れておいてください。
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