世界中で使い捨てプラスチックによる海洋汚染や環境破壊が問題視されている中、香港で2020年5月に発表された、生分解性で堆肥化可能な地球に優しい水溶性パッケージ「インビジブル・バッグ(INVISIBLE BAG)」が注目を浴びています。仕掛け人は香港人のデヴェーナさん、フランス人のファビアンさん夫婦、友人であるコロンビア人のジョージさんという3人のチーム。
100年前に生まれた既存技術を賢く応用
インビジブル・バッグに使用している水溶性素材は、最新技術だと思われがちなのですが、実は100年前に2人のドイツ人科学者によって発明されたPVA(ポリビニルアルコール)。1950年代に日本で工業化されて、薬剤のカプセル、コンタクトレンズ、後から溶ける刺繍などに幅広く使用されている一般的なものです。
インビジブル・バッグは、主原料のPVA(ポリビニルアルコール)にでんぷん、グリセリン、水を組み合わせて作られていて、PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、PVC(ポリ塩化ビニル)などの一般的なプラスチック類は一切使われていません。確かに、これなら水溶性で人体にも無害。生分解性があり堆肥化可能。廃棄後にマイクロプラスチックにならないことも立証されています。
2019年から素材のリサーチを始め、2020年2月にスタートアップ企業としてDistinctive Actionを起業。同年5月にインビジブル・バッグを発売以来、約100万枚を販売しています。現在インビジブル・バッグは香港の他、インド、コロンビア、ポルトガル、カンボジア、そして日本も含めた国内外250以上のブランドで使用されています。
小規模ビジネス向けの小ロット販売がカギ
実際に溶かすには80度以上のお湯が必要ですが、基本的に水には弱いため飲食産業には向かず、主なユーザーはアパレルや雑貨店です。
最近ではインスタグラムなどでも簡単に自分のオンラインショップを始めることができるので、コロナ禍で需要がさらに高まり、店舗を持たない小規模ブランドが世界中で増えています。彼らの最大のこだわりは、大企業だけでなく、そういった人たちが気軽に利用できる形態にすること。通常なら1ロット何千枚単位での販売になるところを、インビジブル・バッグは最低200枚から購入できます。
製品の性質上、従来のビニール袋よりもコストがかかるため、1枚1.5香港ドル(約21円)と従来品の2~3倍近い値段です。しかし環境意識の高さを示すことが企業にとって必須事項になっている今、インビジブル・バッグを使用する意義を見い出してもらえるように努力しているそうです。
製品寿命は換気のいい気温7~30度、湿度20~70%の環境で約2年。強度は通常のビニール袋とほぼ同じなので、繰り返し利用し、廃棄の際はお湯に数分浸して、完全に溶かしてから水道に流すのがオススメとのこと。
ハイキング中に見た風景が製品開発のきっかけに
デヴェーナさんは主に美容業界のマーケティング、ファビアンさんはビジネスマン、ジョージさんは繊維業界と、それぞれ異なる場で活躍していた3人。彼らがビニール袋に関わるようになったきっかけは、ハイキングでした。
「週末にハイキングに出かけるたびに、美しい風景を台無しにする廃棄ゴミを見かけていました。使い捨てプラスチック問題を意識するようになって、ハイキングしながらゴミ拾いをするようになったのです」
海岸の漂着ゴミなどを取り除くボランティア活動を組織し始めた彼らは、やがて「いくら拾っても次の日にはまたゴミが出てくるのだから、元から断たないと」という考えに到りました。個人だけでなく、やはり企業の意識を変えることが重要であると考え、「環境に影響を残さない代替品を提案したい」と素材のリサーチを始めた結果、たどり着いたのが水溶性素材でした。
特にデヴェーナさんとジョージさんは、自らのいる業界での美しいパッケージへのこだわりが強く、「質のいい製品を作っているという自負と同時に、パッケージはほとんどリサイクルされずに捨てられるため、ゴミ廃棄量を増やしているという罪悪感が常にありました」と言います。
「#INVISIBLEBAG」のハッシュタグで実現するエコマーケティング
インビジブル・バッグのマーケティングは、製品単体ではなく、環境保護のミッションやサステナブルなライフスタイルの推奨までを含めた全方位的なものです。学校、企業、個人向けのワークショップやイベント開催の他、主にSNSと口コミをベースにして広がっています。
ショップのロゴなどを入れるカスタムデザインのオーダーも可能ながら、カスタムデザインを採用するユーザーの9割が、このハッシュタグを残しているそうです。
使用ブランドは自ら環境に関わる活動をしなくても、購入者がハッシュタグからDistinctive Actionの活動やコンセプトの発信にたどり着くことができるので、インビジブル・バッグを使用するだけで環境に配慮したコラボレーションに参加していることになると好評だそうです。
大学の研究チームとの協力し、新製品を開発中
さらなる展開として、Eコマースを利用した購入品配達時に使うメーラーバッグを開発。S、M、Lの3サイズ展開でジュエリーやスニーカーなど、さまざまな商品が梱包可能。そして2021年末から2022年初頭の製品化を目指して研究開発を進めているのが、食品パッケージに使える別素材だそうです。
「大学の研究チームとの協力で、今回のPVAとは全く異なりますが、同じく堆肥化可能で生分解性のある新素材を準備しています。飲食業界が活発な香港では、大きなインパクトにできるはず」と目を輝かせるデヴェーナさん。
また、2021年6月に発表した生分解性・水溶性の犬の糞回収バッグが好評で、ペット連れの宿泊が好評で環境意識が高いホテル、ローズウッド香港でも採用されています。
パッケージを置き換えるという同じ目標でも、その用途によって必要な基準が変わってくるので、それぞれの用途に合わせて一つひとつを確実に置き換えていくのがDistinctive Actionのやり方。今後の新製品が楽しみです。
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