SARS体験が生きた危機意識。ロックダウンなしで抑え込みはほぼ成功
私が香港に住み始めたのは2006年。中国本土の広東省からもたらされたSARS(重症急性呼吸器症候群)が香港で流行し、1,755人が罹患し299人の死者が出たのが2003年であったため、人々の記憶がまだ生々しい時でした。
「SARS前と後で、香港は別の都市になった」という言葉をよく耳にしました。衛生観念の飛躍的な向上に加えて、香港人も外国人も同じく緊迫感と先が見えない不安の中で、共に乗り越えた連帯感を共有したことを感じさせられました。
香港で「中国本土からまたSARSが来るかも知れない」という噂が漂い始めた2020年の初めというのは、2019年の後半に激化した反政府運動からの政情不安で、すでに香港は経済が打撃を受けていました。「旧正月が明けて2月になれば通常運転に戻れるのでは」という希望が生まれていた時だったので、信じたくない気持ちでいっぱいでした。
でもそれは、あっという間に香港をのみ込みました。旧正月を目前にした1月22日を皮切りに、感染者が日々増えていきました。
ここで最大限に発揮されたのが、SARSの経験です。「感染予防が必須」という意識が生まれた途端に、街の風景が一変。ほとんどの人がマスクを着用し始め、ハンドサニタイザーを携帯して頻繁に手を殺菌。在宅勤務への切り替えも、全校休校、大型イベントの中止の判断もすべて迅速でした。
そんな動きが功を奏して、3月初旬には新規感染者が出なくなりつつなったところで、欧米での感染拡大が起き、残念ながら主に帰国者が源になっての第二波が始まってしまいました。
4月15日現在、感染者数1,013人、死者4人。一時期は100人を超えていた1日の新規感染者数が一桁台に減っています。もちろん油断はできないものの、感染を抑え込もうという意識の強さと経験の裏付けが感じられるので、安心感があります。
目に見えてコロナによる悪影響を受けているのが、食の都・香港を生み出す魅力の根源である飲食業界や、国際観光都市を支えてきたホテル業界です。昨年の夏から苦境が始まっていたため、すでに体力が弱まっており、有名店や人気店廃業のニュースが毎日のように流れてきます。
バーやSPAなど、現在強制休業になっている業種もありますが、一方で飲食店への一時金が既に支払われ、失業を防ぐための雇用補償金などの対策が発表されています。
ロックダウンまでは行かないところで感染拡大を食い止め、経済を維持しようという政策が、今のところはギリギリで機能しています。どれだけの期間耐える必要があるのか分からないものの、何とか乗り切れることを願うばかりです。
閉鎖でも高額の学費。大学入試の中止。
日々の生活で多くの家庭が影響を受けているのが、3ヶ月以上に及びそうな学校のクローズです。1月に最初の感染者が発見された後、1週間の旧正月休暇中に全校休校が決定になり、未だに再開の目途が立っていません。
それと同時に、ありとあらゆる公園の遊具、テーマパーク、科学博物館など子どもが休暇中に遊びに行くような場所がすべて閉鎖になりました。香港では、一般家庭でも住み込みの外国人家政婦を雇っている場合が多いため、身の回りの世話については親が仕事を休まずに何とかできるものの、3ヶ月近く学校が無く外でも遊べないのですから、これは大変な負担です。
香港に暮らす外国人家庭にとって、もう一つ現実的な問題として起きているのが、高額な学費です。香港のインターナショナルスクールでは、低学年でも月に15万円以上する学校が多く、休校でも同じ金額を請求されるため、支払い拒否をする家庭もあると聞きました。
常に入学希望者が多いため学校側も強気で、毎年5%近く学費の値上げがあるのが当たり前。香港最大のインターナショナルスクールグループであるESF(English Schools Foundation)は、来学年は値上げしないことを発表していますが、学校によっては例年通りの値上げ通告を行い、保護者からの抗議の声が起きています。
我が家の場合は、次男が高校三年。最終学年のため、とりあえず上記の問題は該当しませんでしたが、やはりとても残念なことになりました。
次男はインターナショナル・バカレロア(IB)という世界で約10万人の受験生がいる国際共通カリキュラムによる大学受験準備をしています。過去2年間、そのためにみっちり勉強をしてきて、休校になってからもオンライン授業で5月の最終試験に向けてラストスパートに入ったところでした。
コロナ感染がアジアのみの問題だった2月の時点では、香港でも厳重に感染を防ぎながら何とか最終試験を実施すると言われていたのが、全世界への拡大により、ついに試験自体が中止になってしまいました。
幸い、試験前に算出される見込みの成績により、次男は志望校には入学できそうではあります。ただ、これから今までで最大の難関を乗り越えようと頑張っていたところで、突然のあっけない幕切れですから、親としても残念でなりません。最終試験で一発逆転を狙うことも可能な仕組みであったため、悔しい思いをしている子が世界中に多数いるでしょう。
もちろん世界中で深刻な状況が続く中、家族が健康で無事でいられることにひたすら感謝するしかありません。多かれ少なかれ、人々の運命を書き換えている新型コロナ肺炎。「今思えば2020年は大変な年だった」と振り返られる平和なときが早く来ることを祈っています。
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