ニューヨークのガイドブックに必ず登場する人気のデザインホテル「エースホテル・ニューヨーク(Ace Hotel New York)」をご存知ですか?
2009年にオープンしたエースホテル。当時、不動産の開発者も観光業も注目していなかった地区(ミッドタウンにあるコリアンタウンの南側、ブロードウェイと29丁目の角)の、長年アーティストが集まる低コスト・アパートだったビルを、その雰囲気をわざと残しながらデザインホテルに改装するという前代未聞のプロジェクトで、オープン前からマスコミにかなり注目されました。
話題なのはそれだけではなく、客室は、アパートの一室のような設定で(二段ベッドの部屋からロフトスィートまであり)、今やニューヨークのアイコンにもなっている一階ロビーは宿泊者以外も利用可能で、中央のコミュニティテーブル(ロングテーブル)には、昼間はラップトップを広げて長居するヒップなニューヨーカーでいつも満席状態。インテリアは、高価な革のソファーの横にアンティークマーケットの20ドルもしない掘り出し物の椅子が置いてあるなど、雑多なようで計算しつくされたディスプレイに圧倒されます。
館内には、ウエストビレッジの人気パブ「Spotted Pig」の姉妹レストラン「ブレスリン(Breslin)」、「スタンプタウン(Stumptown)」コーヒー、「ジョン・ドーリー・オイスターバー(John Dory Oyster Bar)」など、厳選されたリアル・ニューヨークが詰まっており、初めてこのホテルに足を一歩踏み入れると、映画のセットのように作り込まれた空間とそこに集まる人々の世界観が堪能できます。
米インテリアデザイン界の風雲児、ロビン・スタンデファーとスティーブン・アレッシュ夫妻のインテリア・ファーム「ローマン・アンド・ウィリアムス」
このエースホテルの仕掛け人は、ハリウッド映画の美術製作からキャリアをスタートさせたロビン・スタンデファーとスティーブン・アレッシュ夫妻のインテリアデザイン・ファーム「ローマン&ウィリアムス」。映画『ズーランダー』(02)などのセットデザインが高く評価され、主演のベン・ステラーをはじめ、グィネス・パルトロウやケイト・ハドソンなど、セレブの自邸のインテリアを依頼されたふたりは、そのデザインを高く評価され、次々と話題のレストランやホテルを手がけることになり、2014年には、米デザイン界の権威、クーパー・ヒューイット・ナショナルデザイン賞を受賞するという輝かしいサクセス・ストーリーの持ち主なのです。
「ローマン&ウィリアムス ギルド ( 以下R&W GUILD ) 」が満を持してソーホーにオープン
2017年12月、ローマン&ウィリアムスのオリジナル家具や照明が買えるフラッグ・インテリアショップとカフェ、フラワーショップが一つになった「ローマン&ウィリアムス ギルド ( 以下R&W GUILD ) 」が満を記してソーホーにオープンしました。650平米ある、かつてはシティ・バンクだった(1857年にニューヨーク初のデパートとして建てられた建物)ロケーションに、オリジナルデザインの家具や照明、ふたりが厳選したヴィンテージやホームアクセサリーが揃うショップ「R&W GUILD」と、ミシュラン3つ星のピエール・ガニュール出身のマリーアード・ローズシェフが手がけるフレンチカフェ、今が旬のフラワーアーティスト、エミリー・トンプソンのフラワーショップが併設されたマルチコンセプトショップが、満を記して誕生しました。
商品陳列よりもシーン作りを重視する店内ディスプレイ。カフェで出すプレートもオーダーできるというコンセプトが話題に。
ローマン&ウィリアムスのシーン作りの上手さはここでも発揮されており、販売されている商品には陳列棚はなく、すべてがシーンの一部としてコーディネートされ、ショップでありながら、まるでリッチなニューヨーカーの個人邸宅のインテリアを眺めているような楽しさがあります。またショップの什器として使われている照明やドアノブまで、そのテイストを切り取るように家に持ち帰れるというコンセプトが話題に。気に入れば、ディスプレイされている花のアレンジを花瓶ごと買うことができるというのもこの店の魅力で、カフェで使われている食器やグラスもしかり。カフェでは丈夫な業務用の食器ではなく、日本の作家が一つずつ手作りする器をセッティングに使っていて、メニューには「テーブルウエアもお買い求めいただけます」と表記されています。
こだわりと美意識が感じられるショッピングバッグはシックなブラック
エコが推奨される昨今。ショッピングバッグは「使い捨て」の代表のようなマイナーなイメージが強くなっていますが、ショップの存在感をアピールするプロモーションツールとして有効な存在でもあります。ニューヨークでいうならティファニー(本店)のティファニーブルーのバッグのように、思い出としてヴィンテージになるまで取っておきたくなるようなショッピングバッグは、たとえ時代に反するとしても、エコに走らず、そのコンセプトを変えてはならないと思うのです。
R&W GUILDのショッピングバッグにはそんなこだわりが感じられます。製作はmade in Chinaで、厚手の紙質を選び、色は高級感のあるブラック。この色はモノトーンを基調色とするR&W GUILDのキー・カラーでもあります。クラシックなワックスシーリングを思わせるショップマークと、ショップ名は、凹凸のあるエンボス加工。そして持ち手は52mmという幅広のブラックのリボン(サテンではなく光沢のない平織り)で高級感が感じられます。
余談になりますが、かつて私がバイイングのコンサルティングをしていたニューヨーク高島屋(高級セレクトショップとフラワーショップやカフェも併設したマルチコンセプトショップで2008年に閉店)も、当時はその紙袋が話題で、高級店が立ち並ぶ5番街にあったニューヨーク店は、独自に楕円形のショッピングバッグを開発していました。やわらかなイエローの台紙に燻した感じのシックなゴールドの店名、持ち手は日本の組紐を思わせる光沢のあるブラックのロープ。アメリカでは紙袋ごと相手に渡すのが風習なので、この紙袋(ここで買ったギフト)をもらうこと自体がステイタスになっていました。
R&W GUILDのバッグも、もしリボンの幅が少しでも狭かったら、手提げの長さが少しでも短かったら、魅力は半減していたように思います。それくらい練りに練ったショッピングバッグなのです。
イメージを育てる鍵はインスタグラム
オープン前からインスタグラムをスタートさせていたR&W GUILD。直接の商品を載せるだけでなく、ショップの世界観が垣間見られる(想像と期待が膨らむ)インテリアイメージの写真を日々更新。オープニング前の12月13日にメディアやインテリアスタイリスト向けの内覧会を行い、ゲストはその様子を写真に撮り、ハッシュタグを付けて自らのインスタグラムに載せ、18日のオープニング直前のカクテルパーティの時も同様に、インスタグラムのハッシュタグは宣伝に大いに活用されました。3月末現在の掲載イメージが329枚に対し、フォロアー数は26.5千人で日々更新中。カラートーンの整った写真(フォトグラファーを雇用)が並ぶ美しいアルバムで、インテリアデザイン同様、ストーリーを感じる構成になっています。
旅行者に媚びず、ニューヨークの魅力を改めて考え直すショップとしての役割も。
かつてのニューヨークは、出かける地区によってワードローブを変えないと居心地が悪いくらい「住み分け」がきちんとできていました。例えばアップタウンを歩くときは、その界隈で暮らすニューヨーカーへのリスペクトとして、小綺麗な装いで出かけた方が居心地がよく、逆にダウンタウンへはカジュアルな服装ででかけたほうが楽しかった(アッパーイーストサイドではシャネルスーツのマダムをよく見かけるなど、地区ごとに違うマンウォッチングが楽しかった思い出があります)。ショップも同様に、例えば5番街といえば、ティファニー本店やバーグドルフグッドマンといった高級店が並ぶストリートだったのが、最近は、この通りも観光客を意識したファストファッションや大型チェーン店が増え、カジュアルな服装の人たちで溢れるようになり、老舗側も最初は戸惑いながら、それを受け入れています。他の地区でも、人が入りやすいとばかりに、同じようなショップが増え、どこへでもカジュアルな服装ででかけられるようになりましたが、それは住んでいる人にとっても、ニューヨークを訪れる人にとっても、実はつまらない現象なのでは?
そんなときに出現したのが、今回取り上げたR&W GUILDです。本来ニューヨークが持っているエレガントでおとなの魅力が新鮮に映るこのショップを、ニューヨークタイムズ紙も “How the Design Firm Roman and Williams Is Making New York Feel Old Again” と賞賛したように、ストーリーのあるこのショップは、五感が喜ぶ空間(ショップ)であり、今や世の中の主流になっているネット販売やフードコート、チェーン店などに対し「待った!」を掛ける、ビジネスの新たな発想起点としても注目される存在なのです。
Roman and Williams Guild
53 Howard Street, New York, NYC 10013
TEL:212-852-9099
営業時間:
Roman and Williams Guild 10時~19時
EMILY TOMPSON FLOWERS 10時~19時
La Mercerie 9時〜22時
無休
https://rwguild.com
このライターの記事
-
2020.09.08
ニューヨークの最新レストラン事情。コロナ禍で生まれた「オープン・レストラン・プログラム」とは
-
2020.04.20
【特集】世界の今。新型コロナウイルスが変えた私たちの生活(13)——「アメリカ・ニューヨーク」の今
-
2020.03.31
2020年3月、ニューヨークからビニール袋が消えた日。【#BYOBagNY】
-
2020.02.27
パジャマで睡眠体験もできる!ニューヨーク発、寝具メーカー「キャスパー」の体験型ショップ
-
2020.01.29
隠し扉の奥で、子どもたちに夢を売る——アメリカのおもちゃ屋さん「キャンプ」
-
2020.01.06
オフライン店舗最大の魅力は、五感への刺激。ニューヨークの体験型スイーツショップ「ミルク・バー」