急成長ブランド「マノアチョコレート」のファンを生む店舗づくりと、ハワイ産カカオのポテンシャル
アメリカ本土をはじめ日本でも近年人気が高まっている「Bean to Bar チョコレート」。単一企業がカカオ豆の仕入れから板チョコが出来るまでの工程を一貫して行う、こだわりのチョコレートを指す言葉です。
Bean to Barを標榜するブランドはアメリカや欧州で年々増えていますが、中でもハワイはカカオを栽培できる唯一のデスティネーションであり、ハワイ産カカオを使ったチョコレートブランドは一目置かれる存在です。
そんなハワイのBean to Bar チョコレートの勢いを牽引するブランドが、「Manoa Chocolate(マノアチョコレート)」です。2012年創業とまだ新しいブランドですが、現在アメリカ本土や日本にも進出するなど事業規模を拡大しています。その急成長の理由とともに、ハワイのカカオ栽培やチョコレート産業の現状についてもご紹介したいと思います。
専門スタッフの導きで味覚が開発されるチョコレート・テイスティング
マノアチョコレートの最大の特徴とも言えるのが、接客をベースとしたユニークな販売方法。棚やショーケースに商品が並んでいる中から顧客が欲しいものを選んで購入するという従来のスタイルではなく、顧客1グループにつき1人のスタッフが付き、テイスティングを行うことが前提となっているのです。
チョコレートのテイスティング自体は特に目新しいものではありませんが、専門的な知識を持つスタッフが付きっきりでアテンドし、一つずつ試食をさせながら各チョコレートの詳細や味の違いについて解説してくれるお店は、他にはありませんでした。ワイナリーでのワインテイスティングと同じ方法を、チョコレートに応用したとも言えます。
そもそも、ショップの構造からして非常にユニークです。店舗の中央にはロの字型のカウンターがあり、ここがテイスティング・カウンターとなっています。ロの字の中にスタッフが立ち、お客さんとはカウンターを挟んで対面します。試食のチョコレートはカウンター内の冷蔵庫に保管されており、お客さんが目につくところにはありません。
カウンターに着くと、まず最初にカカオの殻で淹れたチョコレートティーが提供されます。このお茶を飲みながら、チョコレートの試食を行います。カウンターには商品パッケージが並んでいますが、これは販売用ではなく、あくまで見本。テイスティングを終えてみて、気に入ったものをスタッフに伝えると、カウンター内の冷蔵庫から商品を出し、会計してくれます。
もちろん試食してみて、欲しいものがなければ何も買わなくてもOK。テイスティングは無料です。そう、無料なのです。
10種類ほどのチョコレート全てを解説付きで試食するとなると、それなりに時間もかかり、スタッフの負担も大きいため「何も買わない人が多いと大損害では」と思うかもしれません。ですが、テイスティングを行ったほとんどの顧客グループは商品である板チョコを購入していきます。それも、1枚だけでなく複数枚。大量にまとめ買いする人も珍しくありません。
うがった見方をすれば、「対面でサービスを受けておいて何も買わずに帰るのは気まずい」という心理的要素が働いている可能性も否定はできません。しかし、それよりも、このテイスティングを通して、今まで知らなかったチョコレートの味の違いや奥深さに目覚め、ファンになる人が多いのです。
マノアチョコレートの製品は、基本的に単一産地のカカオを使ったシングルオリジンと呼ばれるものですが、カカオの産地や種類、濃度によって味がガラリと変わります。
この点は非常にワインと似ていますが、ワインも上級者の手ほどきを受けながら様々な種類を飲むほどに味の違いが分かるようになるのと同様、「このチョコレートはナッツのようなコクと土っぽい重さがあります」「レーズンのような酸味が最初に来て、黒糖のような後味」といったスタッフの言葉を聞きながら試食していると、その味を感じられるようになるから不思議です。
一つ、また一つと味わうごとに、自分の舌の味蕾が刺激され、味覚が開発されていくのを実感するのは、とても楽しいものです。ぜひ自宅に帰ってからも味わいたいと思うのは、ごく自然なことでしょう。さらに言えば、この驚きと快感を家族や友人にもシェアしたい、このテイスティングを自宅でも開催してみたいという人も多く、それが大量購入につながるのだと思います。
工場を「見える化」。Bean to Barを反映した店舗構造
もうひとつのユニークな点、それはショップにチョコレート工場が併設されていることです。正確には、チョコレート工場がメインで、そこにショップやテイスティングルームが併設されている構造なのです。
マノアチョコレートがあるのは、カイルアという片田舎のビーチタウン。地価が高く店舗が密集しているワイキキのような大都市では実現できないショップ併設の工場というスタイルは、ローカルタウンだからこそ可能だと言えます。また、近年カイルアは観光でも人気が高く、程よい数の旅行者が足を運ぶロケーションだという点も、大きなポイントです。
テイスティングルームのドアを開けると、ガラス張りの大きな窓からチョコレート工場の様子が目に飛び込んできます。また、店内の壁にはカカオ栽培の様子を紹介したパネルなどが飾られています。有料で工場見学ツアーも行われており、ハワイに住む人はもちろん欧米や日本からの旅行者にも人気です。
チョコレートは身近なお菓子ですが、にもかかわらずカカオからどのようにチョコレートが作られるのか、その工程を知る人はほとんどいません。マノアチョコレートでは、ある意味ブラックボックス的なチョコレート生産過程を「見える化」した店舗構造をしており、なんの予備知識がない人でもひと目で心を掴まれるエンターテイメント性にあふれています。
工場見学とテイスティングという2つのアクティビティを一度に楽しめる体験型店舗、それがマノアチョコレートの他にはないユニークさであり、絶大な人気の秘密なのです。このスタイルは観光業との親和性が高く、体験重視型の旅行傾向を持つ欧米人にフィットするとともに、まだ周知されていないレアな商品を好む日本人ハワイリピーターのお土産需要にもハマり、人気は加速していきました。
ハワイ産カカオはなぜ希少で上質なのか?
地代家賃、人件費、光熱費や材料費など全てが割高なハワイでは、大規模農業を展開することは困難です。正攻法としては、小さな土地を上手に活かしながら、上質な作物を生産し、ブランド化することで高い値をつけるしかありません。そこで近年注目されているのが、ハワイ産カカオなのです。
チョコレートの原料となるカカオは、赤道から南北20度以内(一説によると10度以内)の温暖な地域でしか栽培できないと言われています。北緯約21度に位置するハワイはギリギリその範囲外ですが、カカオ栽培が可能な全米で唯一の場所となっています。チョコレートといえばヨーロッパが有名ですが、欧州のどの国もカカオ栽培が可能な気候帯ではありません。
通常、西アフリカや東南アジア、南米で栽培されたカカオは、現地で発酵・乾燥のプロセスを行い、乾燥したカカオ豆は欧米などの諸外国に輸出され、チョコレートに加工されます。チョコレート生産企業で行われるのは、カカオ豆の焙煎以降の工程です。
カカオはフルーツの一種で、実の中にある種を加工したものがカカオ豆になります。加工のプロセスとして発酵を行うのですが、この発酵がじつはとても重要で、チョコレートの味を大きく左右するファクターとなっています。
しかし、発酵を行うカカオ生産者が、実際に出来上がったチョコレートを口にすることは、ほとんどないと言われています。カカオの産地とチョコレートの生産地の間に物理的距離があるためですが、それゆえに仕上がりを見ながら発酵方法を変えるといった実験や改良をこまめに行うことができないのです。
誤解がないよう補足すると、西アフリカや東南アジア、南米でのカカオの発酵に問題があるわけではありません。これらのカカオ原産国には、長年培ってきたプロセスのメソッドがあり、上質なカカオ豆を安定的に供給しています。
一方ハワイでは、カカオ栽培からチョコレート製造までの全ての工程をハワイ内で行うことができるため、カカオ農家がチョコレートの仕上がりを見て発酵プロセスを変えるという改良をこまめに加えることが可能。これが、他にはないハワイ産チョコレートの特徴で、クオリティを担保する大きな要因となっています。
ハワイでのカカオ栽培の歴史は浅く、商業用に栽培が始められたのは1980年代後半から。90年代半ば頃からハワイ産カカオを使った小規模なチョコレートビジネスが登場し初めましたが、本格的に注目を浴びるようになったのは2000年代に入ってから。イート・ローカル(地産地消)がブームになると、ハワイ産カカオを使ったチョコレートの認知も広がり、新しいブランドが誕生していきました。
驚くべきは、これらハワイのチョコレート生産者の多くが、ほぼ経験ゼロから独学でスタートした小規模事業ばかりだという点。農家と連携し、トライ&エラーを繰り返しながらの十数年。この研鑽によって、ハワイはBean to Barを語る上で外せないデスティネーションとなったのです。
ちなみに、ハワイ産カカオの収穫量は、世界生産量の0.1%以下しかありません(ハワイ大学Hawaii Cacao Survey 2014)。この希少さは付加価値でもありますが、高値にならざるを得ず、そのためハワイ産チョコレートはごく一部の愛好家に支えられているに留まっていました。
未経験の若者が、ハワイ有数のチョコレートメーカーに
そこで現れたのが、マノアチョコレートでした。創業は2012年、ハワイ大学を卒業して間もない当時20代の若者ディランさんとパートナーのタマラさんが、生まれ育った地元カイルアに小さなチョコレート工場兼ショップをオープンしたのが始まりです。
工場といってもかなり小規模で、内装はもちろん、チョコレート生産で使う機械も極力自分たちで手作りしたものでした。カカオ豆のロースト(焙煎)は自宅の庭のBBQグリルを使って行い、カカオ豆の殻を取り除いてカカオニブにする機械は三輪車と掃除機を使って作った人力作動のものでした。
三輪車のペダルを漕いで粉砕機を回すディランさんの姿は、地元メディアにも取り上げられ、話題となりました。「面白いことをやっている若者がいるらしい」と冷やかし半分で工場を訪れた人たちは、テイスティングルームでそのチョコレートの美味しさに度肝を抜かれ、ことごとくファンになっていきました。
と同時に、若くても、立派な機械がなくても、アイデアと情熱さえあれば上質なプロダクトが作れることを証明したマノアチョコレートは、ハワイの生産者を勇気づけました。熱い思いに賛同した地元の人々や関連業者からのサポートも、大きな後押しに。本格的な焙煎機や粉砕機を導入し、数回の工場拡大を経て、2019年6月、現在のロケーションに移転オープン。
彼らのチョコレートはナチュラルスーパーマーケットの一大チェーン店「ホールフーズ」をはじめ様々な小売店で販売されています。また、工場兼テイスティングルームはカイルアの人気観光スポットにもなっています。
ハワイは「チョコレートのナパバレー」になれるか?
ワインの世界には「テロワール」という言葉があります。風土や土地の特徴を表すフランス語ですが、原料のブドウが育つ地域とその気候、土壌、地形といった条件がワインの味に大きな影響を与えるため、テロワールはとても重要視されています。ボルドーやブルゴーニュ、ナパバレーは地名であるとともに、上質なワイン産地であり、テロワールでもあります。
欧米諸国の中で、唯一のカカオ産地であるハワイは、果たしてチョコレート界のテロワールになれるでしょうか?そのためには、カカオ生産量を増やすことでハワイ外への輸出量を増やし、ハワイ産チョコレートの認知度を上げなければならないでしょう。
さらにもっと重要なのは、チョコレートに関する知識を、一般層にまで広げること。まだまだ多くの人が「チョコレートは甘い」「子供が食べるもの」という認識なのですから。(カカオ自体に甘みはなく、チョコレートの甘さは添加している糖分の甘さです)
ワインのナパバレーのように、ハワイがチョコレート産地として有名になるには、様々な課題があります。しかし、期待を込めて応援したくなるポテンシャルと希望にあふれています。そのムーブメントを牽引するのは、型破りな手作りの機械でチョコレート作りを始めたこの若者二人なのかもしれません。
マノアチョコレート:https://manoachocolate.com/
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