はじめに
米国西海岸に位置するシアトルは、ボーイング社の本拠地であり、スターバックスコーヒーの発祥地としても知られているが、今では同地域に位置するマイクロソフトや Amazon.com によって、カリフォルニアのシリコンバレーと並んで、シリコンフォレストと呼ばれている。ピュージェット湾の海の景色、ユニオン湖畔、それに緑豊かでなだらかな起伏に富んだ街並みは、全米で住みたい街のトップ 10 にあると同時に、IT ベンチャー・ビジネスの中心都市のひとつでもある。
個人的なことであるが、筆者の次女が長年住んでいる街ということもあって、短期間ではあるが次女宅に滞在することによって生活者の目線も加わり、シアトルは筆者の毎年の米国市場定時定点観測の拠点になっている。
昨年6月中旬には1月に公開されたノーレジ・コンビニ「Amazon Go」の 1 号店を普通の買い物客として体験し、これまでとは異なる次世代小売業のあり方に直接触れることができた。今後この「パケトラ」を通して読者の皆さまとともに、望ましい未来・持続可能な社会を目指して、パッケージに期待され、できることを考えていく上では、避けて通れない体験記である。いささか旧聞ではあるが、何卒ご容赦願いたい。
シアトル地区市場調査の面白さ
これまで、シアトル地区での小売業定時定点観測の場所といえば、シアトル郊外にあるWalmart Super CenterおよびSuper Target、シアトル市内の Whole Foods Market、Fred MeyerおよびQFC(大手小売業Krogerグループ)、Trader Joe's、地域生協のPCC Marketおよび地元食料品店のBallard Market、会員制クラブストアで日本でもおなじみの Costco、日本食の食材なら何でも揃う Uwajimayaであったが、今ではそれに Amazon.com によるネット通販やノーレジ・コンビニの Amazon Go の実体験が加わった。
それぞれに特徴がある。Walmart SuperCenter、Super Target および Fred Meyer は総合スーパーに属しているが、近年、食品分野を強化している。Whole Foods は高所得者を対象に、環境、健康、自然食品を売りにした生鮮食品・加工食品や日用品が主体で、ナショナルブランドよりも独自のプライベートブランドが中心の品揃えである。食品調味料などではガラスびん入りも多い。これまでは缶詰製品であった合わせ調味料やスープの素(液体)、調理済み食品といった分野でも、レトルトパウチよりは、常温保存が可能な紙パックの採用が多く見受けられる。安全面でプラスチックを嫌う消費者のびんへの信頼、プラスチックよりは再生可能な資源である紙をという選択を反映している。Whole Foods は 2017 年6月、Amazon.com に買収され、世界を驚かせた。
Trader Joe's は、プライベートブランドの食品が主体。良質なカリフォルニアワインを始め、ほとんどの商品が5ドル以下という値頃感が若年層に受けて、近年、都市部で急成長を遂げている。QFC、PCC および Ballard Market は食品スーパーである。
生協組織の PCC は、地域の農家や酪農家と提携して、天然有機飼料を使って飼育した肉牛からの精肉や酪農製品、地元産の青果物を特徴としており、Ballard Market もまた地産地消を売りに鮮度の高い青果物に注力している。
シアトル地区での市場調査の面白さは、まず地域全体に活気があり、まさに時代の先端を行く街の様相やミレニアルズ世代のライフスタイルをいたるところで見聞できること。次いで、業態の異なる小売業が、激戦区であるシアトル地域において、それぞれの特徴を発揮して多様な消費者ニーズに対応している実態を比較的身近に体験できることにある。
Amazon Go を初の実体験
Amazon Go の1号店はアマゾン本社ビルの1階にある。2017 年に訪れたときは、公開前ということもあって、たまたま、義理の息子の友人のひとりがアマゾンで働いており、ランチタイムを利用して、Amazon Go の店舗の前で内部の様子を聴くことができた。驚いたことに、8月という真夏の時期もあって、マイケルという友人はポロシャツ、短パンという全くカジュアルな服装で現れた。
本社ビルの間の階段式広場ではバンド演奏が行われ、従業員がランチタイムを楽しんでいる。さらに周りにはたくさんの犬が戯れている。犬同伴で出社できるという。ランチタイム時であり賑わっていたが、買い物客の多くは、その一部が店内調理のランチボックス(道路から調理場の様子を見ることができる)を手にして、レジなしのゲートを通って外に出てくる。
さてここからがいよいよ実体験。まず準備するのは Amazon Go への登録。スマホから簡単に登録できる。スマホに専用のアプリをダウンロードすると、画面に入店のための個人認証用の QR コードとともに、"Hello, Toshio"とのメッセージが現れる。
入店に際しては、これを駅の自動改札のようなゲートにかざすだけですむ。
1号店は170㎡ というから日本のコンビニ(平均180㎡)よりはやや小さめの店舗ということができる。店内は左右に分かれていて、入口正面の柱には矢印で左側がEAT NOW、右側がEAT LATER との表示がある。
左側の EAT NOW はチルド&冷凍の温度帯であり、サンドイッチや店内調理のランチボックス、カットフルーツ、ヨーグルトやチーズ、飲料やアイスクリーム類が並ぶ。
右側のEAT LATER には、チョコレートやキャンディ、スナック菓子、ワインやビールなどのアルコール類、生卵、パスタ、調味料(キッコーマンのしょうゆもある)、さらに僅かながら日用品類もあり、これらは家庭やオフィスへの持ち帰り用である。
特に目をひいたのが日替わりで提供される、ミールキット。この日は、チキン、サーモン、ラム、ベジタリアン用のバーガーバーの4種類。どれも2人分で、大きさが横 28×奥行 13×高さ 15cm の茶色のカートンボックスに入っている。一つ一つの材料は下処理されてそれぞれのパウチに入っており、電子レンジによって 30 分で出来上がりという半調理食品だ。
もっとも確認したかったのは、「誰が何を買ったか、それはどんな方法で認識しているのか」という点であった。しかし、店内を見渡しても入り口のゲート、天井にところ狭しと設置されているカメラの他には何もない。
IC タグは使われていないが、サンドイッチやラップ類、透明な容器入りのカットフルーツにだけは、●や◆を組み合わせた個体識別用の補助ラベルが貼られていた。
買ったものは、店に備え付けの紙袋または中国製(材質:PP)のオレンジ色のショッピンバッグに入れるか、あるいは持参のマイバッグに入れるだけで終わり。
買い物が終わると、そのままゲートを出る。これで大丈夫かなぁと思いつつ店を出て数分もすると、スマホの画面に買い物リストと金額(あとでクレジットカードの口座で引き落とされる)が写真入りで出てくる。
筆者は複数の包装仲間と一緒に出かけ、店の中では繰り返し、商品を棚から出し入れしたのだが、棚に戻したものは一つもカウントされていなかった。しかし、万一、買っていないものがリストに出てくることもあるだろう。買い物リストの画面で、その商品の欄を横にスライドすると、×印とともに、"Request a Refund(払い戻し)"と出てくるから、これをタッチするとその分あとで返金される仕組みのようだ。実際には購入したのにこの動作を繰り返すと(一種の万引き行為)、多分、いつかは 店で追跡されたり、極端な場合には口座がブロックされたりするかもしれない。
店内には、これは多分未成年者の購入をチェックしていると思われるが、アルコール類の棚の前に1人と、あとは入り口のゲートのところにスタッフが2人いるだけ。もっぱら、来店者の案内係というところであった。
Amazon.com は店内の仕掛けを“Just Walk Out Technology”と称しているが、その詳細については一切公表していない。特許情報などからの推定をウェブサイトで散見することができる。これらによると、入店者は専用アプリの QR コードスキャンとカメラを使った顔認証で確認され、買い物は、人の腕の動きと棚に設置された赤外線、圧力、重量や加速度センサーなど多数のセンサーの組み合わせで追跡されているという。
恐るべし Amazon.com
店内システムの複雑さや1店舗あたり百万ドルとも言われる出店コストを考えると、このときは、Amazon Go はまだまだ実証実験の段階にあるという印象であったが、2018 年9月、2021年末までに全米 3000 店舗の展開を発表、世界をあっと驚かせた。
その後の出店も急ピッチである。シアトル(4)、シカゴ(4)、サンフランシスコ(3)の 11 店舗に加えて、さらに、2019年5月7日には、かねての噂通り、ニューヨーク市に12号店目を出店。それも、場所は、マンハッタン中心部にあるハイエンド・ショッピングセンターBrookfield Placeに、ルイヴィトンやグッチなどとともにオープンしたのだ。しかも、「現金も使えます」という変貌ぶり。「現金しか使えない人を排除しちゃダメ」という世論を反映したのか、Amazon Goの試行錯誤はまだまだ始まったばかりかも知れない。
例えば、社員と来訪者だけを対象に、店舗面積も約 100㎡ と小粒なAmazon Go「オフィスモデル」もある。ここでは、”Good Food Fast”(すぐに食べられるおいしさ)を売りに、朝食、ランチ、ディナー、スナックだけを取り扱い、営業時間も朝 7 時から夜 9 時まで、土・日曜は休日となっている。出勤前やランチタイム時に僅か数アイテムのために行列に並ぶ苦痛を解消するのが狙いだ。次には、「空港モデル」も検討中とのこと。全米トップ 10 の空港の乗客だけでも年間 3.5 億人もあると聞けば納得がいく。
Whole Foods 買収の時もそうであったが、ネット通販の巨人 Amazon.com は、実店舗型小売業でも従来の概念を変えてしまうほどの“型破り”である。ノーレジやロボットが商品を運んでくるネット通販の配送センター(Fulfilment Center)の裏側では、はるかに大勢の専門家が AI を駆使して、顧客へのより高いサービスの提供を目標に、つねに「カイゼン」に立ち向かっているという。「顧客中心主義」「発明中心主義」「長期的視野」を経営の中心に掲げる Amazon.com。“恐るべし!”というほかはない。
▼関連記事はこちら
シリコンバレー流ランチ「無人、ロボット、キャッシュレス」