確かな製品を作る小さな会社、香港愛とぶれないプロモーション——「パフューム・ツリーズ・ジン」が香港を走る
地元の文化や食材を取り入れたクラフトジンブームが世界中で続く中、香港でも2018年12月に「パフューム・ツリーズ・ジン(白蘭樹下)」が登場しました。香港人の有名バーテンダーが丹精込めて作り上げたそのジンが評判となり、さまざまな大企業がコラボレーションを希望する中、今年115周年を迎えた香港トラムウェイとのコラボがただいま進行中。
アルチザン(職人的)なブランドながら、香港人アーティストによる限定ボトルや、さまざまなメディアを駆使したプロモーションを上手に展開しています。
漢方薬材や中華食材もたっぷり入ったジン
香港に関わりのあるボタニカルを5種類使った本格派で、中国料理でおなじみの陳皮、線香の材料であるサンダルウッド、中国アンジェリカとも呼ばれる漢方食材の当帰、中国緑茶最高峰の獅峰龍井茶など、香港に根付いた食材が揃えられており、それぞれを香港でも歴史のある老舗から仕入れています。
右上から時計回りにサンダルウッド、白蘭花(ギンコウボク。展示用に乾燥させたので赤くなっていますが、本来は白)、龍仁茶、当帰。下には残り8種類のジュニパー、コリアンダーシード、シナモン、リコリスなどが並べられています。
中でも圧倒的存在感を示すボタニカルが、ジンの名前にもなっている「白蘭花」。かつては花売りの老女がこの花を持って香港の街を歩き、タクシーの運転手が車内の芳香剤代わりに花を車にのせる習慣があったそうで、香港人にとってノスタルジーを呼び起こす独特の香りなのです。
「パフューム・ツリーズ・ジン」の仕掛け人であるキット・チョンさんは、「早朝4時半~6時しか良い香りがしない」という白蘭花の性質に合わせて、最高の香りを抽出できるように奮闘。香港での蒸留所開設免許の取得が困難なため、蒸溜直前までの段階を香港で仕上げ、それをオランダに送り、蒸留後に完成品を香港に送り返してもらうという裏技で、何とか発売にこぎ着けたのだそう。
めでたく世に出た「パフューム・ツリーズ・ジン」は、「白蘭花」という身近すぎて思い出すこともないけれども確かに心を動かす、生粋の香港人だからこそ選ぶことのできた香りと、多種多様なボタニカルを巧みに味わい深く組み合わせたセンス、また、バーテンダーが考案しただけあってカクテルにも使いやすいテイストプロファイルなどで、高い評価を獲得しました。多数のバーから歓迎を受けている他、さまざまな企業や団体とのコラボレーションにも引く手あまたなのです。
Video:ブランドコンセプトを説明するビデオには、キットさん本人が出演。香港の魅力を封じ込めたジンであることが分かる。
115周年を迎えた香港トラムウェイとのコラボレーション企画
そんな「パフューム・ツリーズ・ジン」の最新コラボ相手が、115周年を迎えた香港トラムウェイ。香港島の大通りをのんびり走る路面電車は、地元の人の通勤通学の足として今も活躍中です。「コラボの打診をもらい、まずは香港とトラムを描いた記念ボトルを3種類作ることになりました」と、キットさん。
ボトルデザインを手がけたのは、香港人の有名アーティスト3人。その一人である書道家でイラストレーターのSellwordsさんは、実は「パフューム・ツリーズ・ジン」のオリジナルボトルも手がけています。
「ジンを作る前から、Sellwordsさんの作品をインスタグラムでいつも見ていて、僕らの世代の感覚や感情を表現するアーティストだと惚れ込んでいました」と、キットさんのビジネスパートナーであるジョセフさんは言います。
匿名アーティストであるSellwordsさんにお会いする機会をいただき、ボトルデザインについてうかがいました。
「オリジナルボトルでは、13種類のボタニカル名を書にして、白蘭樹のイラストを作って欲しいというキットさんとジョセフさんのアイデアを基に、ボトル自体のデザインから協力しました。香りが大切な要素になっているジンとして、上品な香水瓶をイメージしたボトルを考えていました。小さくて丸みのあるボトルも考えましたが、今のデザインのインスピレーションになったのは、香水の女王的存在であるシャネルの5番の角形ボトルなんですよ」と説明してくれました。
「ガラスの内側に印刷するためのイラストを描くという経験を初めてしてみて分かったのは、四隅は歪んで見えがちなので、端に行くほど輪郭などを曖昧にするといいこと。液体がなくなった後は、どうしてもイラストが歪んで見えてしまうのが残念」とSellwordsさん。「だから飲む用と保存用2本セットで買うといいっていつも勧めてるんだよ(笑)」とキットさん。
今回の記念ボトルについては、イラストレーター同士で、細かい打ち合わせはしない代わりに、「香港らしい風景とトラムを描くこと」という大まかなテーマだけでそれぞれ作業を始めたそうです。ただし、1つだけ徹底させたのは「並べた時に連続感が出るように、トラムを入れる位置だけは統一すること」。場所の選択はそれぞれに任せたところ、いずれもトラムの通り道であるエリア、上環、中環、湾仔の3カ所が選ばれていました。
もともと建築が専門で、今も本業はそちらで活躍中のSellwordsさんが描いたのは、香港の中心である中環。
「まずは香港を象徴するビルとして、建築当時(1972年)はアジアで一番高いビルだったジャーディンハウスと、当時(2003年)香港で一番高かったIFC 2。そして、ノーマン・フォスターがデザインして圧倒的存在感を誇る、香港上海銀行本社ビル。それから、元々は女王や王室関係者のための埠頭として作られたクイーンズピアを選びました。私の本来のスタイルは遠近法を使わない中国絵画なのですが、今回は建築のバックグラウンドを生かしたスタイルで描きました」
今回のイラストについては、実はもう一つの使い途があります。香港のトラムと言えば、かつてはレトロな深緑のペイントの車体でしたが、最近では高級ファッションブランドから銀行、旅行会社、イベントなど、ありとあらゆるジャンルの広告トラムが走っています。この150周年記念コラボトラムも完成して街を走り始めたそうです。
「大小両方に使えるように、とにかく高い解像度で描くことを意識しました。原画はA3程度の大きさなんですよ」とSellwordsさん。
パフューム・ツリーズ・ジンのチームは、もともとプロモーション用に情緒たっぷりのオリジナルビデオを何本も制作していましたので、今回もトラムに絡めた素敵なビデオを制作しています。
1150本限定、ウェブサイト販売のみ。個性派イラストレーターの描く情緒たっぷりな香港とトラムの情景と、白蘭花、様々なボタニカルの香しさ、そして郷愁。これはコレクターズアイテムになること必須なのではないでしょうか。
気の合う仲間が集まり、情熱を注いで作った確かな製品を売る10人ほどの小さい会社ながら、香港への愛の詰まったアルチザンな魅力を生かし、ぶれないプロモーションで少しずつ販路を広げているパフューム・ツリーズ・ジン。今後は台湾、そして日本での発売を目指しているそうなので、皆さんどうぞお楽しみに。
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