データ分析はしない。時代に反した「トレーダー・ジョーズ」の成功に学ぶ、愛されるプライベートブランドの作り方
アメリカの大型量販店やスーパーマーケットでは、ここ数年の間にプライベートブランド(以下「PB」。アメリカではPrivate Labelと呼ぶのが一般的)が加速度的に増えています。「小売業のカギはPBにあり」と言っても過言ではないほどです。
そんな中でも、独自の路線でPBを確立し、着実にビジネス規模を拡大しているのが、食料品店「トーレーダー・ジョーズ/Trader Joe's」。今回は、その魅力を掘り下げてみたいと思います。
カルト的な人気を博す「トレーダー・ジョーズ」とは?
トレーダー・ジョーズは、カリフォルニア発祥のスーパーマーケット。1958年にコンビニとしてスタートし、現在では全米41州に488店舗以上を展開しています。「488店以上」と書いたのは、ほぼ毎月新店舗をオープンしていて、もはや正確な店舗数がわからないため。公式ウェブサイトによると、2019年10月だけでも10店舗が新規オープンしています。(ソース:https://www.traderjoes.com/announcement/category/store-openings?pageNum=1)
このお店、多くの固定ファンを獲得していることで知られています。その熱烈ぶりは、もはやカルト的と呼べるほど。引越し先の条件に「近所にトレーダー・ジョーズがあること」を挙げる人もいるほどです。
全米41州に展開しているといえど、アメリカは50州あるので、トレーダー・ジョーズがまだない州もあります。例えばハワイ州にはトレーダー・ジョーズがないのですが、ハワイ住民がアメリカ本土に旅行する際、よく「トレーダー・ジョーズの○○を買ってきて!」とお願いされます。特に紅茶やお菓子、ショッピングバッグは人気のお土産です。
なぜ、そんなにも人気があるのでしょうか?
それは、他のお店では買えないから。トレーダー・ジョーズで取り扱う商品の80%以上(店舗によっては90%以上)がPBなのです。店舗に行くとわかるのですが、野菜やお肉などの生鮮食品から、冷凍食品、乾物や瓶・缶詰、お菓子、ペットフードに至るまで、売り場のほとんどがPBで占められていて、かなり目を凝らして探さないと一般ブランドは見つかりません。
また、オンラインストアがないのも特徴で、トレーダー・ジョーズの商品が欲しければ実店舗に行くしかありません。そのため、ボタンひとつで何でも買えるこの時代に、混み混みの駐車場に苛立ちながらも多くの人がトレーダー・ジョーズに通っているのです。
ジェネリック商品としてのPBはもう古い。時代はプレミアム志向に
グローバルなデータを扱うデータアナリシス会社のニールセンによると、2019年5月時点で、アメリカでの過去1年間におけるPB商品のセールスは1,430億ドルを超えたそうです。2015年と比較すると140億ドルも増加しており、PB市場は確実に拡大していると言われています。
またニールセンのレポートでは、PB市場におけるニーズの変化についても触れています。以前は人気ブランドと類似したものを割引価格で販売するジェネリック的な商品がPBの主流だったのに対し、ここ数年では、プレミアムな価値を持つPB商品が誕生し、人気を博しているというのです。
「有名ブランドよりも高い値段をPBに払う気がある」と答えた消費者は40%にのぼり、ブランド名に関わらず質を追求する購買層が増えていると述べています。
一方、大規模ディスカウント店ではPBよりも有名ブランドの商品のほうが優勢だという結果が。安値ありきのディスカウント店では、PBよりも有名ブランドのほうが安心感がある……ということなのかもしれません。いずれにせよ、ジェネリック商品としてのPBは、需要のピークを過ぎていると言えそうです。
データ分析はしない。顧客からのフィードバックがすべて
さて、そんなPBマーケット・トレンドの変化がある中、当のトレーダー・ジョーズは、その流れを知ってか知らずか、独自の路線を貫き続けています。
トレーダー・ジョーズがオリジナル商品を発表したのは、PBが注目されるはるか前の1972年。その商品は、グラノーラでした。以来、今日に至るまで、「品質の良いものを最安値で提供すること」のみにフォーカスし、PB商品を作り続けています。そこに、データアナリシスはありません。
なぜなら、オンラインストアがなく、会員証もなく、ポイント制もクーポンもないから。顧客データを取る術がないので、分析もできません。あるのは売り場での反応と、熱心なファンからのフィードバックのみ。「お客様の声を第一に」を地でいっているわけです。なんとクラシック!
顧客の反応を感じる手段のひとつが、売り場での試食カウンターです。
ここでは主に新商品や期間限定商品の試食品が配られます。トレーダー・ジョーズのスタッフはフレンドリーで深い商品知識を持つことで有名なのですが(そして彼らがお店の一番の熱心なファンでもあるのですが)、そんなスタッフが気さくに対話しながら、顧客の声を吸い上げていきます。お客さん側も、良い意見だけでなく悪い意見も積極的に発言していきます。なぜなら、本音を伝えることがお店のためになると信じているからです。
また、お店の公式ウェブサイトには「We're All Ears!(全身で聞きます!)」という投書コーナーがあります。ここに商品フィードバックを書いたからといって割引を受けられたり粗品がもらえるわけではありませんが、そんな見返りがなくとも「トレーダー・ジョーズのために!」と投書するファンが多いのだとか。
こうしたファンの熱烈な支援を引き出すPBとは、一体どんなものなのでしょうか?
オーガニックがこの価格!?驚きが隠せないトレジョ品質
トレーダー・ジョーズのPB商品は、表層的に見ると「パッケージが可愛くて、ちょっと変わった商品があって、価格がお手頃」といった印象がありますが、それだけではカルト的なファンを獲得する条件には満たないでしょう。
確かにパッケージはどれも個性的で凝っているのですが、よく見てみるとオーガニック認定マークが付いていたりします。じつはトレーダー・ジョーズでは、すべてのPB商品に「遺伝子組み換え不使用、着色料や防腐剤不使用、高果糖コーンシロップやグルタミン酸ナトリウム(MSG)不使用」という条件を掲げています。これがベースラインで、さらに商品によってはオーガニックだったり、グルテンフリーだったりと、健康志向の人にうれしいチョイスが豊富にそろっているのです。
また、値段の安さも大きな特徴です。オーガニック栽培の野菜が、他のスーパーの一般的な野菜の値段と同じか、それ以下の価格で販売されています。他の商品も同様で、安売りスーパー並の価格帯なのに、商品のクオリティは格段に高いのです。
なぜ品質の高い商品を、安値で販売できるのか。それは、製造業者や生産者から直接仕入れることで、中間マージンを省いているからに他なりません。これはトレーダー・ジョーズに限らず、PB全般に当てはまります。
特にアメリカでは、商品棚のスペースを確保するために、メーカー側がお店に料金を支払っているケースが多く、その費用も商品価格に上乗せされていると言われています。自社店舗で販売するPBならば、そういった費用もかからないため、同質のものを割安価格で提供できるわけです。
脱マンネリ!毎日の食卓が楽しくなるユニークな商品
上質なアイテムを安く提供していることに加え、「他では出会えないユニークな商品」も最大の魅力。むしろ何よりもこのユニークさの虜になっているファンが多いかもしれません。
インターネット上では「マンダリン・オレンジチキンがないと生きていけない!」や「品切れだったアルフレッドソースを手に入れた!」といった、商品に対するファンの熱烈なコメントが、様々なブログや口コミサイトなどに多数投稿されています。
また、多国籍なラインナップも魅力で、タマレスやブリトーといったメキシカン料理はアメリカでは比較的馴染みがありますが、パラックパニールやバターチキンなどのインド料理、ロシア料理のペリメニ、トルコ料理のドルマ、餃子や春巻きといった中華、チヂミ、パッタイなどのアジア料理と、かなり広範囲にわたる各国料理がそろいます。
それもそのはず、トレーダー(貿易業者)の名の通り、トレーダー・ジョーズの商品は、仕入れ担当者が世界中を旅して見つけたものなのです。候補に挙がった商品は本社に運ばれ、満腹な状態の審査員によって味見されます。採用が決まると、その商品は大量に一括注文され、トレーダー・ジョーズのキッチンまたは倉庫にて処理され、オリジナルパッケージに入れて販売されます。
こうして誕生した新商品は、店頭での試食やファンからのフィードバックを受けて改良が加えられ、好評ならば定番商品となり、不人気ならばすぐに棚から消えます。この繰り返しによって、奇をてらいすぎず、少しだけ冒険してみようと思わせる絶妙なラインを攻めたユニークなPB商品が豊富に並んでいるのです。
あえて選択肢を少なくするという、逆説的な成功
なぜトレーダー・ジョーズでは8割以上の商品をPBに頼っているのか。その理由は、売り場面積の狭さにあると言われています。
同社の店舗サイズの平均は約15,000平方フィートで、アメリカの一般的なスーパーマーケットの約1/3しかありません。また、他店では約5万個のアイテムを扱うのに対し、同社はその1/10以下の約4,000個しかありません。
売り場面積が狭く、陳列できる商品数に限りがあるため、内容やクオリティを自社で管理できるPBに絞ることが有効なのですね。自社製品であれば、売れなければ棚から下ろすといったフレキシブルな対応がしやすいことも利点です。
それだけでなく、商品数が少ないことが、かえって消費者の購買意欲を高めているとも言われています。
例えばパスタソースなら、他店ではトマト系だけでも何十種類もあり、すべての商品を吟味することはできないので、結局はいつも食べているブランドの商品を買い続けることになります。ところがトレーダー・ジョーズの場合、10種類ほどしかないため、選ぶのにストレスがかかりません。また、他の商品にも目が行くので「違うものを試してみようかな」という購買意欲が起こりやすいのです。
これは売り場全体にも言えることで、フロア面積が狭いため、常連客はどこに何があるかを比較的簡単に把握することができます。そのため新商品やシーズン限定商品といった変化が目につきやすく、購買につながりやすくなります。トレーダー・ジョーズでは、常に新商品や季節限定商品を取り入れ、消費者を飽きさせない売場づくりに長けているなと思います。
大家族のまとめ買いから、単身者の少量買いへ
トレーダー・ジョーズのCEO、ダン・ベーンさんは、同社のポッドキャスト「Insider Trader Joe's」の中でこんなエピソードを語っています。
とある支店で、売り場を視察していた時のこと。ある老婦人がバナナの棚の前で立ち止まり、しかしカートに入れずに立ち去りました。その行動が気になったダンさんは、老婦人に声をかけます。「失礼ですが、なぜそのバナナを買わないのか、理由を教えてもらえませんか?」。老婦人はこう答えたそうです。「あら坊や、私は4本目のバナナまで生きていないもの」
売り場には、他のスーパーマーケットと同様、どっさりとした房のバナナしかありませんでした。しかし、この老婦人との会話の翌日から、トレーダー・ジョーズではバナナを1本ずつ販売するようになったそうです。
そのうえで商品棚に目をやると、トレーダー・ジョーズでは、ひとつひとつの商品の量が少なめであることに気づきます。お肉は500グラムぐらいの小さなパックが並んでいるし、野菜も少量ずつパックされています。
アメリカでは食料品を数日~1週間分ほどまとめ買いする家庭が多く、そのためスーパーマーケットでは、お肉はトレーのような大きなパックに2~3キロ単位で売られています。じゃがいもは米袋のような大きなバッグにどっさり入っています。それらを巨大な冷蔵庫・冷凍庫に保存し、適度に分けて使うのが一般的です。
しかし、育ち盛りの子供がたくさんいる大家族ならまだしも、子供のいない世帯や単身者の場合は、大きな冷蔵庫を持っていないでしょうし、大量の食材を使い切るのは難しいのです。食が細くなりがちな高齢者にとっては、なおさらでしょう。
お店としてはバルクで売ったほうが効率が良く、少量ずつの販売はコスト負担が増えるわけですが、それはあくまでお店側の都合。2倍の量を買わせて半分腐らせてしまったら、その人は二度とその商品を買うことはありませんが、使い切れる量を2人に売れば、その2人は継続して購入する……そんな当たり前の算数を正直に実行し、着実にファンを増やしているのが、トレーダー・ジョーズなのです。
時代に反した実店舗主義がもたらすものとは?
テクノロジーの進化によって消費行動が大きく変わり、それに合わせた様々なサービスを各社が打ち出す中、トレーダー・ジョーズでは一貫して昔ながらの実店舗販売と顧客第一主義にこだわり続けています。頑固一徹の職人親方さながらに。「これじゃ時代に乗り遅れちゃいますよ」と弟子からの苦言が聞こえてきそうですが、しかし。
奇しくも、プレミアム志向にシフトしつつあるPBのニーズにぴったりと合致し、小家族やアクティブシニアといったライフスタイルの多様性にもフィットしているのです。むしろ、時代を先取りしていると言えるほどに。
聞いてくれるスタッフがいるから、感想を伝えたくなる。意見を反映してくれるから、買いたくなる。消費者のポジティブな参加意識を引き出すトレーダー・ジョーズのPBは、ファン製造機と言えるのではないでしょうか。
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