テレビ番組でも白熱! クラフト食品への情熱
今、ニューヨークでもパリでも東京でも、世界中の都市でクラフト食品が注目されていると思います。ニューヨークの事情はこちらでも少し紹介されていましたね。クラフト食品とは、手工芸と同じで個人や小規模生産者が、製造工程と素材にこだわって少量ずつ生産する食品のことで、作り手の顔が見えることが基本。出所の分かった農産物で丁寧に作られ安心で品質は上々、味も工業製品とは一線を画し、その多くが環境にも配慮しているというのが一般的な定義だと思います。
このクラフト食品ブームはロンドンも例外ではなく、嗜好食品、アルコール、ソフトドリンクをふくめ、どの分野でも続々と新たな試みがされています。ブームの大元がどこにあるかというと、ファーマーズ・マーケット(生産者による直販売マーケット)に行き当たります。
大都市ロンドンでも近郊生産者による青果市場はまだまだ健在で、住宅街の近くの通りや広場などで週末定期的に開かれているものがあり、人気です。クラフト食品はおのずとそんなマーケットから発信されることが多く、少し規模がアップグレードされますがロンドン・ブリッジにあるロンドン一の食市場、バラ・マーケットはその最たるものです。また、そこから派生した旬のモルトビー・ストリート・マーケットに行けば、そこは今のロンドンのクラフト食品見本市と化しています。
http://boroughmarket.org.uk
http://www.maltby.st
食へのこだわりが高まり、イギリスでも外食産業が活気づき始めた20年ほど前から、クラフト食品も並行して注目度がアップしてきました。こうなってくるとクラフト食品でビジネス・チャンスを狙う人達も出てきますよね。
食への国民的な関心が高まる中、テレビで料理エンターテインメント番組や勝ち抜き番組が昔とは比較にならないほどの数多く作られるようになり、今年はなんと、クラフト食品をテーマにしたシリーズ番組が生まれました。今週でちょうどシリーズの最終回を迎える「Top of the Shop with Tom Kerridge」(BBC2)です。
これはミシュランの星を持つ数少ないパブのオーナー・シェフとして料理番組などでも活躍しているトム・ケリッジさんが、食品・外食産業のプロと、クラフト食品について学ぶ学校の創業者という審査員2名とともに英国津々浦々で生まれているクラフト食品を吟味し、プロモーションを手伝いつつ商品価値を審査していくという勝ち抜き番組。審査対象となるのは、チーズや肉の加工食品、ジャムやスプレッド、ピクルスにソース、焼き菓子などのべーキング商品やスイーツ、ドリンク類など。この番組で審査員が見ていくのは・・・・
1)商品自体の味の良さ
2)レシピと製造工程
3)商品誕生のストーリー/背景
4)容器/パッケージの正統性とインパクト
5)プロモーション・ポイントの正統性
などなんですが、審査員のコメントや反応が、大変面白いです。「商品は間違いなく美味しいのに、商品ストーリーをセールス・ポイントとして生かしきれていない」「商品とパッケージのイメージがマッチしていない」「手間ひまかかっているのは分かるが、工業品と比べて値段設定が高すぎる」「製造工程が素人すぎて難あり・・・」などなど、商品開発をする側にとっては耳の痛いようなアドバイスばかり。
番組では実際に商品デモンストレーションの場をもうけて一般のお客さんに来てもらい、売れ行きや反応を見ます。味、原材料の品質、パッケージ・デザイン、デモのプレゼンテーション、価格、プロモーション・ポイントなど、全ての要素があいまっての商品ではありますが、それらの「バランスがよければ売れる」というわけではないところが、とても興味深い。
パッケージ・デザインやプレゼンテーションが拙いと、せっかくの商品も味見してもらえないし、当たり前ですが売れないんですよね。パッケージやプレゼンによるイメージ戦略の大切さが、お客さんの反応からよく分かります。
クラフト食品にふさわしいデザイン?
クラフト食品が置かれている小売店として、ロンドン市内でおそらくいちばん知られている代表的な存在が、国内産の食品を中心にイギリスやヨーロッパ各地からのクラフト食品を揃えるセレクト・ショップ「Soursed Market / ソースト・マーケット」です。ユーロスターの発着駅であるセント・パンクラス・インターナショナル駅内に、2009年にオープンしたときから私もずっと通っているなじみのお店。
http://sourcedmarket.com
「 マーケット」をイメージしたスタンド風のラスティックなディスプレイが特徴で、商品棚はシンプルがモットー。イギリス産のクラフト食品を数多く扱っているので、ヨーロッパ大陸から来る旅行者や、これから大陸へ向けて旅立つロンドナーにお土産処として人気。惣菜やクラフト・ビールやワインなどを楽しめる軽食バーとしても重宝されている。
さて、クラフト食品らしい商品容器、パッケージ・デザインとは一体どんなものなのでしょうか? スーパーマーケットの高級市場向け食品同様、クラフト食品もこの15年間ウォッチングしてきた私が言えるのは、当たり前のことですが工業品との差別化を大きく図ることで、「このジャムは、スーパーで売っているジャムとは別物ですよ」と上手に主張することだと思います。グラフィックデザインと形状を含めた個性、上質感、美しさ、がキーでしょうか。
ソースト・マーケットが扱っている商品を、少し見てみてください。
それぞれ写真のご説明です。
(左上)数々の受賞歴のあるアルチザン・チョコレート・ブランドの商品。チョコレートのパッケージの常識をくつがえす紙パウチのパッケージはウォールペーパー誌のデザイン賞を受賞。
(右上)イギリスでは大人から子どもまで、チョコレート・バーは欠かせない日常的なおやつですが、通常のビニール入りではなく、紙箱入りデザインは珍しく、ブランド名も「The Grown Up Chocolate Company」(大人びたチョコレート・カンパニー)と、大人のためのぜいたく路線のチョコ・バーです。
(左下)こちらも一口タイプの珍しい上質紙袋入りチョコ・バー。ラジオ番組製作者からチョコレート職人になった個人が東ロンドンで作っている商品です。
(右下)イングランド西部のコーンウォールで生産しているブランド。紙袋で包んだチョコを、さらに不定形の紙カバーで覆っている高級感あふれるパッケージ。
(左上)ラムをベースにしたカクテル。小ぶり細身の瓶、ラベルのグラフィックがアーティスティックで秀逸。
(右上)イギリスでは珍しいコールド・コーヒー。小さなアルコール瓶のようなインパクトのある形と鮮やかなグラフィックでひときわ目を引く商品。こだわりのカフェにも置いていることが多く、味もすっきりとしていてなかなか美味しいです。
(右下)イングランド東部で作られている手作りジャム。味のバラエティを3つ揃え、段ボール・パッケージでまとめたお土産にぴったりのデザイン。
(左下)コレクションしたくなる上質なビスケット缶で知られるブランドによる、ソース類。イギリスのロースト肉料理の付け合わせとなるソースたちを揃えている。
(左上)コーヒーのパッケージ。フロント側にポケットを作り、そこにコーヒーの詳細を印刷したカードを挿入した面白いアイデア。
(右上)家庭用チーズ作りのキット。最近たまにみかけるようになりました。横幅は30センチくらいある大きな箱です。チーズもいろいろな種類を揃えています!
(右下)グルメなマシュマロ商品。
(左下)ソースト・マーケット特製のクラフト・ビール入れ! 6本まで入り、お土産にさげていくと喜ばれそう。
このほかにも楽しげなグラフィックで魅せるパッケージ、シンプルを基本にした上質感のあるパッケージをまとった商品がたくさんあります。クラフト食品は、おのずと地産地消のムーブメントとも直結しているので、国内産の商品が大多数。
ソースト・マーケットは生産者たちと直につながり、サポートしつつ上質の味を消費者に届けることを目的として創業されたお店で、現在ロンドン市内に4店舗を展開。増えれば増えるほど小規模生産者の助けになるのだと思います。
大成功しているブランディング:お洒落なクラフト食品館
ソースト・マーケットの創業が2009年と書きましたが、実はそれよりも5年も前に、すでにクラフト食品を扱う小売店をオープンした業界の先駆けがいます。現在、市内北部の高級住宅地に2店舗を展開し、デパートのセルフリッジズにもおろしている「Melrose & Morgan / メルローズ&モーガン」です。
http://www.melroseandmorgan.com
メルローズ&モーガンは、菓子類やデリ商品など、自社開発商品を数多く扱う食品ブランドです。ロンドン市内でもA級セレブリティが多く住む高級住宅街として知られるプリムローズ・ヒルに第一号店を構えたのが2004年。その後、同じく北ロンドンの高級住宅街ハムステッドに2号店をオープンし、どちらの地域でも地元の人びとに愛され定着しています。
ブランドの立ち上げから現在まで、一貫してブランド・デザインを担当しているのは、西ロンドンを拠点とするデザイン・スタジオ「Studio Frith」です。ここは老舗のアート・フェアやデザイン・ミュージアム、リバティやセルフリッジなど高級デパートも顧客に持つ、イギリスでもトップクラスの現代的で洗練されたデザインをクリエイトすることで有名な会社。
メルローズ&モーガンは、レッド&ホワイトの明るくメリハリのあるブランド・カラー、シンプルかつパワフルなフォントを基調に、変幻自在で飽きのこないブランド展開でアイデンティティを確立しています。ラスティックとコンテンポラリーを融合したインテリアは商品が見やすいことが第一条件。商品タグやプロモーション看板まで一貫したイメージを感じることができます。
http://studiofrith.com
商品ラベルは一貫してシンプル路線で、デパートの棚に並んでいてもすぐに当店のものと分かります。右下は何種類もあるビスケット類すべてが包装されているパッケージ形態で、木製のトレイに入れた商品をビニールでカバーし、紙製の帯を巻くスタイル。これは昔ながらのイギリス菓子の包装に倣ったもので、田舎に行くとこういうパッケージをよく見かけます。
縦は50センチ以上もある巨大なパッケージで、この中に持ち帰り用の惣菜ボックスを詰めていきます。フォルダーの内側には、同じく赤いシンプルなラインでデザインされた公園の見取り図が印刷されているんです! とてもぜいたくで、ウキウキするようなピクニックになりますね。
クラフト食品ブームを受けてロンドンでも小規模生産者による商品をさまざまな小売店で買えるようになった中で、ここでご紹介した2ブランドはスーパーであまり見かけない国内産商品を、数を取り揃えて扱っている貴重なセレクト・ショップとして特筆すべきものがあります。
冒頭でご紹介したテレビ・シリーズもきっと定番化するでしょうし、ますますクラフト食品への注目も集まっていきそう。田舎に行くとロンドンでは見かけないような魅力的なクラフト食品を数多くみかけるのですが、せめてロンドンでは気軽に購入できるようになってほしいものです。
ちなみに実際に味はどうなの?という疑問にお答えするため、この2品をソースト・マーケットで仕入れてみました!
左は北ロンドンを拠点にした飲料ブランド「Long Flint」による、ラムをベースにしたジンジャー風味のカクテル。2017年、ワールド・ラム・アワード金賞を受賞したイギリス生まれのスパイシー・ラム「Rumbullion!」をベースにしたカクテルはジンジャーのパンチがガツンと効いてほんのり甘く美味しかったです。個人的な好みでパケ買いしてしまったグッド・デザイン。
右はコーンウォール発のパルメザン・チーズ風味のクラッカーで、こちらはパケ買いではなくフレーバーに興味を持って。パルメザン・チーズとバターを使っていると原材料には書いてありますが、意外とすっきりとした味わいでビールに合いそうと思いました。
みなさんも丁寧に作られたクラフト食品、それぞれの国で楽しんでください!