最近、Sober(しらふ)とCurious(好奇心が強い)を組み合わせた新しい言葉、「ソバーキュリアス」が世界中で話題になっています。これは「お酒を飲まない」「少ししか飲まない」という意味。健康志向を受けて欧米を中心にトレンドになっていますが、日本でも少しずつ脱アルコールの動きが広がりつつあります。
そんななか、2022年に全国に先駆けて鳥取県の八頭町でノンアル&低アルコール専門ブルワリーが誕生しました。その名も「CIRAFFITI(シラフィティ)」。ローンチ後、積極的にinstagramなどのSNSに出稿しているので、見覚えのある方もいるかもしれません。
今回、CIRAFFITIのブランドマネジメントを担当している株式会社ビーコンコミュニケーションズの田中大地さんに、広告クリエイティブの考え方について聞いてみました。
ノンアルコールビールで人生が変わった
普段は東京の外資系広告代理店でクリエイティブディレクター(広告制作統括責任者)として辣腕を振るう田中さん。そもそもなぜ、鳥取の仕事に取り組むことになったのでしょうか。
「CIRAFFITIを運営する株式会社トリクミ代表の古田が鳥取出身で、ぼくの前の職場の後輩だったんです。彼は初めて会った日からずっと“地元の鳥取を盛り上げたい!”と言っていて熱い奴だなと思っていました。そんな彼との縁で個人的に鳥取に行ったり、鳥取のお仕事を手伝ったりするようになりました」
東京と鳥取をゆったり行き来するなか、時代はコロナ禍に突入。時を同じくして田中さんの生活に変化が訪れたと言います。
「ちょうどその頃、妻が妊娠しました。それまでぼくはアルコール依存症気味で、仕事中もウイスキーをストレートで飲んでいたほどだったんです。でも、状況が変わって家のなかで自分だけ酔っぱらってるわけにはいかなくなり、ノンアルコールビールを飲むように。特にドイツのヴェリタスブロイという商品にハマりました。すると夫婦仲は円満になるし、ノンアルの方がやっぱり仕事のクオリティが高くなるし、肝臓など体の数値が劇的に改善しました。何よりたまに飲むお酒が美味しい。ちょうどその頃、鳥取の古田から“ノンアル、やりませんか?”という連絡がありました。このシンクロには本当に驚きましたね」
盟友の古田氏も自身がお酒に弱い体質で美味しいノンアルドリンクが欲しかったという切実さもあり、鳥取でノンアルコールビール製造事業に乗り出そうとしていたのです。こうして代表の古田氏に造り手の橋本氏、東京に住む田中さんの3人でノンアルプロジェクトが動き出しました。
地方創生の文脈には逃げず、純粋にカッコイイものを
「ぼくの担当は“コミュニケーション周り全般およびブランドが成長するために必要なこと全て”です。ブランドとしての成長戦略を描き、そこから逆算して動画やポスターといったクリエイティブ周りに落としています」
3人で集まって会議をするなかで、重要な決定が下されました。鳥取を前面には出さない、という決断です。
「地元に密着したノンアルビールを造ろうと考えましたが、地産地消や地元主義、地方創生の文脈には逃げず、自分たちが“カッコイイ”と思えるブランドにしようと決めました。代表の古田は元グラフィティライター、醸造責任者の橋本は元DJ、ブランド統括のぼくは元ブレイクダンサーでヒップホップが共通項ということも発覚。私自身、“かっこよくて、おもしろくて、なんかいい”という広告作りをモットーとしています。ノンアルでもそうしたいと思いました」
決めなければならないことは他にたくさんありましたが、田中さんは名前を決めるところから始めたそう。その心とは。
「ぼくはネーミングありきの人なんですよね、名前があれば全てが前に進むと思っています。ただ、ノリは大事ながら後で恥ずかしくならない名前にしたい。ヒップホップ関係には強めで攻撃的な言葉が多いですが、ヒップホップの魂を持ちながら優しさのある名前にしたいと思いました。たくさん考えたなかから3案に絞り、最終的に“シラフ×グラフィティ”“世界をハッピーに上書きするイメージ”のCIRAFFITIになりました」
名前の次には、「想い」の定義へ。誰も否定しないハッピーでポジティブな想いをベースに、シラフで最高に楽しめるよう世界を塗り替える理想を描きました。最終的にその想いを「シラフで世界を塗り替える」という言葉に集約させたと言います。ここでようやくデザインに着手しました。
ノンアルコールビールの必然性がある4つの領域
「デザインは想いを固めてからですね。美味しそうで、楽しそうで、毎日飲まれることを想定したデザインを目指しました。特別な日ではなく、日常的に飲んで欲しかったんです。また、外でも家でもマッチするような、パンク過ぎず、誰かを攻撃しない、何かを否定しないデザインにしたいと考えました。色々な方向性を考えましたが、手がモチーフの案が一番しっくりきました。たくさんのバリエーションを作りたいし、それに耐えうるフレームワークにしたかった。手のアイディアは直感でしたが、“クラフト(手工芸品)”の部分とも重なるし、楽しそうでこれしかないと思いましたね」
その後、ボトルやロゴなどのデザインの微調整をしながら、CIRAFFITIのビジュアルのトーン&マナーを決定。光の感覚などもそこで規定しカンプを作製しました。普通のブランドだったらこの絵作りから広告戦略を始めることが多いですが、田中さんたちは逆にして最後の最後でビジュアルを作り上げました。同時にムービーも制作。コピーも田中さんがたくさん書いて、昨夏のクラウドファンディングで世に出されました。田中さんは今後、ノンアルコールビールである必然性がある4つの領域を攻めていきたいと話してくれました。
「まずはサウナやお風呂。こことは相性がとてもよくて勝てる自信があります。次はフィットネスですね。運動を頑張ってもビールを飲んでしまったらプラマイゼロで残念な気持ちになりますよね。あとはビジネスシーン。ちょっとしたお祝いのときの乾杯、シェアオフィスに置いてもらったりしたい。最後は家族のシーン。遊園地など子どもを連れて行く場所は向いていますよね。親はクルマを運転していることが多いので」
こうした領域を一つずつ押さえて行った先に、田中さんたちはノンアルコールビールが今よりさらに広がっている世界を描いています。今はまだ「変化球的な機能性商品」と見なされがちなノンアルコールビール。田中さんは最後に「将来的にはど真ん中ストレートな商品にしたい」「輸出も考えている」と目標を語ってくれました。CIRAFFITIを国外で見る日もそう遠くはないかもしれません。
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