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島根のビール醸造所がデザインを渋谷のブランディングデザイン会社に発注している理由

島根県西部にある益田市。北は日本海に面し、南には中国山地が広がる穏やかな地方都市です。古来より山陰と山陽を結ぶ交通の要衝として発展してきたこの地には、高津川という雄大な川が流れます。国土交通省の水質調査で何度も日本一に選ばれた一級河川はフルーツを始め、多様な食材を育みます。

そんな高津川の豊かな恵みを取り入れたビール造りを行うのが、2020年創業の高津川リバービア。こちらの商品の洗練されたラベルデザイン、実は東京の渋谷のブランディングデザイン会社が手掛けています。それだけではなく、その会社の代表取締役がブルワリーの取締役も兼務しているのです。

本稿では高津川リバービアの設立経緯、そしてデザイン論について迫ります。

山陰と東京を繋いで行われたオンライン取材

会社設立時からあった故郷への後ろめたさ

オンライン取材したのは、渋谷にあるブランディングデザイン会社レベルフォーデザインの代表取締役、清水啓介さんです。1967年、山口県周南市生まれの清水さんは大阪の専門学校を卒業後、デザイン会社勤務を経て、25歳で独立を決意。1998年にレベルフォーデザインを法人化しました。

仕事はグラフィックデザインが中心ですが、現在はブランディングデザインに注力。企業の内部からビジョンや理念を浸透させて外部に発信する、インナーブランディングとアウターブランディングを行き来しながらコミュニケーションを図っています。

清水さんたちが制作するのは具体的にはロゴやWEB、パンフレットなど。企業の思考を言語化およびビジュアル化し、そのメッセージを的確に伝えることを目指しています。自身は「クリエイティブコンサル」とも名乗り、クライアント企業の内部変化をサポートしながら、より上流からクリエイティブな仕事に関わっています。

そんな清水さんが運営するレベルフォーデザインの目標は、「各都道府県からクリエイターを集め、日本でNo.1のクリエイティブカンパニーにすること」。山口県出身の清水さんはこう話します。「ぼくは長男なのですが、地元に戻ることを考えていませんでした。もし会社がうまくいかなかったら帰ればいいかと思っていましたが、そうならないよう仕事に打ち込むことに。そのため、地元に対して後ろめたさに似たものがあるんですよね」

地元への恩返しを含めて、地方に貢献できることを東京でやりたい。清水さんにはその思いが強くありました。渋谷で会社を起こし気付くと、社員の7、8割は地方出身者。スタッフたちも同じような思いを抱いていることがわかったそう。そんな背景もあって現在、レベルフォーデザインは多くの地方の案件を抱えています。関わり方や業務の軽重は異なりますが、一番密接に関わっているのが島根県益田市の高津川リバービアです。

レベルフォーデザインが手掛けたロゴや冊子など。(参照:同社HP

関係人口創出事業で出会ったビール女子

きっかけは2018年に始まった総務省の「都市交流を基礎とした高津川流域関係人口創出事業」でした。この事業には高津川流域の島根県の益田市、津和野町、吉賀町が関わっており、地元が山口県で津和野に馴染みがあった清水さんも参加。ここで後に高津川リバービアの代表取締役となる上床絵理さんと出会うことになります。

このプログラムは、関東エリアを中心にアイディアを持った人々が地域の課題解決のお手伝いをするというもの。様々な活動や終了後の飲み会などを通じて、清水さんは上床さんの「高齢者が生き生きと過ごせる社会を作りたい」という思いと、無類のビール好きで「いつか自分のブルワリーを作りたい」という夢を持っていることを知りました。

高津川流域関係人口創出事業に関わったメンバー。

そんななか清水さんが益田市の仕事を受注し、レベルフォーデザインとして益田市に支社を作る話が持ち上がります。役場の人と一緒に空き家を巡る中で紹介された物件の一つが元料亭で築160年の古民家でした。広い厨房と50畳ほどの宴会場、昔ながらの土間を備えた建物。清水さんはすぐにピンときたと話します。「これはビール工場にぴったりだと思ったんです。そこで上床にこの物件でビールを造ったら?とメッセージを送ったんです。すると彼女からすぐに“いい場所ですね…やりたい!!!”と前のめりな返事が届いたのを覚えています」

自身もビール好きだった清水さんは上床さんと調査に乗り出します。東京では醸造設備だけで1,000万円超という高額な見積もりを受けた二人が益田の役所に相談すると、初期投資150万円と格安の醸造設備を開発した石見麦酒を紹介され、一気に開業への道が開かれます。その後、益田市商工会議所青年部のビジネスプランコンテストに受賞したことも、この事業にとって大きな後押しとなりました。

清水さんは取締役として高津川リバービアに参画し出資を行うことに。ブルワリーにおける清水さんの存在は、拠点を東京に置いているということを引いても少し薄いように見えます。実はそこにはこんな思いがありました。「ぼくは高津川リバービアではあえて表に出ないようにしているんです。できるだけ陰の存在になりたい。なぜなら上床のキャラクターが会社の顔としてぴったりであり、その存在感を薄めたくないからなんです」

益田×渋谷 が生み出す無限大の可能性

レベルフォーデザインが掲げているのは、「全社員の物心両面の成長と幸福を追求し、デザインの力で社会に貢献する」。これを実践するうえで清水さんは「何を行うのか?」よりも「何のために行うのか?」「誰と一緒に行うのか?」の方がずっと重要だと話します。「ぼくは上床の“年配の方に生き生き楽しく過ごしてもらうため”というところに共感しましたし、その他の考え方を含めてばしっと噛み合った感覚がありました。誰と一緒にやるか?で、できることが変わってくるんですよね」

清水さんが高津川リバービアのデザインをするときに心掛けていること。それは、王道感だと言います。「長く愛され続けたい、流行り廃りがないようにしたいというのが前提としてあります。今の時代にマッチしている、といったデザインだと時間が経つと必ず古くなるんです。生き残っていくためには本物、本質を捉えなければ。それをデザインで表現したいと考えました」

王道感のある高津川リバービアのラベルデザイン。

高津川リバービア代表の上床さんも、レベルフォーデザインとの関わりをこう話して歓迎します。「うちでラベルを発注したいとなったとき、すぐにはラベルの話にならないんです。背景のこと、全体のブランドの立ち位置、どう差別化する?などそういう話をきっちりします。私の生き方もわかって作ってもらっている。それが本当にありがたくて全てお任せしています」

また、高津川リバービアとの関わりはレベルフォーデザインにも好影響を与えています。スタッフたちはさながら自社の製品としてラベルデザインに関わり、新商品が出た際は共に乾杯するなど一体感が育まれているとのこと。

今後やりたいことを清水さんはこう話します。「上床にビジョンがありますから、まずはそれをサポートすることが自分の役目だと思っています。今、海外進出の話や第2工場の話が出たりしていますが、それをどう外に伝えていくのか?はやはりぼくの仕事なのかなと考えています。あとは高津川リバービアもレベルフォーデザインも人を増やしたいですね。色々な人が集まると、色々な思いやスキルが集まって、新しいことができるようになりますからね。可能性に満ちていて毎日楽しいです」

益田と渋谷の関係から生まれる可能性は無限大のようでした。

全ての始まりとなった古民家は現在、ブルワリーになっている。

 

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