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ビール醸造所がカウンター式自転車による観光事業をやってわかった予期せぬ波及効果

ビアバイクという乗り物があります。

これは、乗っている客たちがビールを飲みながら、力を合わせて漕いで動く「移動式ビアカウンター」のこと。運転手が別にいるので飲酒運転にはなりません。このビアバイクを使ってビール醸造所を巡るツアーを開催しているのが株式会社横浜ビール。移動中は専門のガイドの話を楽しむことができ、さらにはなんとミュージシャンによる生演奏が付いています。

定員は6名と決まっているうえに、観光地の人力車のように随時運航しているわけではないこのビアバイク。余計なお世話ですが、収益が出るのか気になりますよね。そもそもなぜビアバイクが導入されたのか?も。

そこで、横浜ビール広報でビアバイクの担当もしている横内勇人さんにインタビューしました!話を聞いてわかったのは、このビアバイクが横浜のクラフトビール界にとてもポジティブな影響を与えていることでした。

取材は映像などを見ながらオンラインで行われた。

旅先のハワイでのあまりに楽しかった記憶

もともと大手食品メーカーの社員だった横内さんは東京での営業職の後、四国でマーケティングや商品開発に携わることに。このとき出張が多かったため、全国のクラフトビールに目覚めたそう。結婚を機に奥様の実家がある神奈川県の相模原近くの横浜ビールに転職することになりました。横内さんとビアバイクの出合いは入社前のハワイ旅行です。

「入社前に時間もあったし前職の退職金もあったので、妻と自分の両親と一緒にハワイ旅行に行きました。このとき、妻がビアバイクを予約してくれていたんです。みんなで乗って本当に楽しくて。特に両親が見たこともないような笑顔だったんですよね。そこで横浜でも導入することを決意しました」

帰国後、ビアバイクの製作をしている会社を調べ、YouTubeで見つけた宮崎県の企業に連絡を試みた横内さん。電話が繋がらなかったため、直接宮崎まで訪れたと言います。偶然にも、その企業の担当者が横内さんの宮崎出身の父親と同じ小学校の出であることがわかって、不思議な運命を感じたそうです。

その宮崎の会社からの協力もあり、横浜へのビアバイク導入は当初順調に進みました。ところが、横浜ビールとしては「楽しそうではあるけど」と事業化には至りませんでした。ビアバイクは購入すると約500万円と高価だったうえ、軽車両扱いで公道走行が不可。場を盛り上げることはできるも、ビジネスに向いているとは言い難かったのです。そんななか、経済産業省の通達で規定サイズのビアバイクであれば公道走行が可能になり、状況は一変します。

「これは追い風だ、と横浜市役所や観光協会を巻き込む形でビアバイク導入を積極的に推進しました。多くのブルワリーが存在する横浜でクラフトビールの魅力を広めるためには、ビアバイクが必要不可欠だと提案したんです。結果、助成金とクラウドファンディングを組み合わせてビアバイクの購入資金を確保することができました」

話を聞いた横浜ビールの横内さん。

一人で10回参加するリピーターさんの存在も

ビアバイクはコースの設定や近隣への周知などの準備期間を経て、2021年から定期的に走り始めました。屋外での取り組みということもあり、コロナ禍でも問題なく運行できたという幸運にも恵まれています。運航は毎月3~4回で一回あたりの定員は6名です。

現在2つのコースを用意。一つは2箇所の醸造所見学が付いているツアー、もう一つは3箇所のブルワリーレストランを巡るものです。後者の場合、一人6,000円でビール7種のテイスティングが楽しめます。どちらも人気が高く、特に醸造所見学付きのツアーはすぐに予約で埋まるとのこと。毎月のお客さんの上限は両プランを併せて36名程度で、夏期には旅行会社とのコラボレーションプランも追加されることもあるそう。横内さんはこう話します。

「現在ほぼすべてのツアーが完売していて、2箇所の醸造所見学ツアーは、一緒に組ませてもらっているNUMBER NINE BREWERYさんの方の話が面白いと大好評です。他にはガイドがいることや生演奏が付いていて、その場で曲のリクエストに応えてくれることもよく驚かれます。ガイドも、はとバスやキリンビール出身の方が務めているんですよ」

毎回、ツアー終了後は参加者同士の交流が生まれるそう。終了後の飲み会が楽しみで、これまでに10回以上リピートする常連客もいるほど。また、初対面の客同士がその場で次回の予約を入れたこともあったとか。ビアバイクの運営は利益が出ていますが、目的の半分は横浜および横浜ビールのPRの役割を果たすこと。各種メディアの取材も相次いでおり、その広告効果はかなり大きいそうです。横内さんに運営するうえで大変なことも聞いてみました。

「大変なのは、毎回必ず4~5人は必要なことですね。たとえ事前に完売しても、当日やむなくキャンセルが出た場合には急遽スタッフを集めないと重くて動きません(笑)。現在は、少ない運行回数で利益を出しつつ、参加者の満足度を上げることに力を注いでいますね」

広報でありながら、顧客の心をつかむ「ファンプロジェクト」を担当する横内さん。「ビールを通して人と人を繋いで、街を盛り上げる」のも大切な仕事ということで、ビアバイクはその中核を担う事業へと成長しつつあるようだった。

横内さんが手掛けるファンプロジェクトの様子。

ビアバイクで深まった横浜のブルワリーの絆

ビアバイク事業は売上が立てられただけでなく、横浜のPR活動や、横浜のブルワリーを知る機会を提供するなど様々なメリットをもたらしています。また、ビールのビギナーがクラフトビールにハマるきかっけに。ビアバイクが初めてクラフトビールを飲む契機となり、啓発の面でも大きな効果があったのです。

さらに、意外な波及効果としてブルワリー同士の関係強化があります。以前は互いに知り合いであったものの、目立った連携がなかった横浜のブルワリーがビアバイクの運営を通じて深い関係を築くように。風変わりな乗り物ということで、最初は理解されないこともあったそうですが、ツアーの回数を重ねるうちに互いの信頼関係が深まっていきました。現在、横浜ビールでは、NUMBER NINE BREWERYと共同で缶を購入したり、レシピや技術を共有し合ったりなどコラボレーションが生まれています。これもビアバイクがきっかけでした。

横内さんは「最初は会社内でも浮いていました。利益が出るまではツラい時期もありましたが、絶対に成功すると信じていました。何より自分が楽しいんですよね」と振り返ります。

アンケートの結果、非常に高い満足度が明らかになった。

横内さんの目標は、ビアバイクをきちんとブランド化すること。横内さん自身、運転するビアバイクに乗る人々から、「楽しかった」という声を聞くたびに、感動を覚えているそう。今後は5つのブルワリーを巡るコースを作ることや、ビール販売の特区を作ることを目指しています。ビールを気軽に販売するための特区作りについては、観光局や行政と協力して進めていく予定です。

また、ビアバイクの中でビールを注ぎ、販売することも夢見ています。「僕は目の前の人を喜ばせたいんです」という横内さんの言葉には、その実現に向けた強い意志が感じられます。彼の力強い願いが、ビアバイク事業のさらなる発展を支えるに違いありません。

 

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