ビジネスパーソンが読むメディア。マーケティング、セールスプロモーション、パッケージの企画・開発に役立つアイデアと最新の情報を、世界中から配信。

【特集】世界の今。新型コロナウイルスが変えた私たちの生活(6)——「アメリカ・クーパーズタウン」の今

私は、現在世界で最もコロナウイルス感染者・死者数が多いアメリカのニューヨーク州に住んでいます。といっても、その数はニューヨークシティとその郊外に集中しており、私の住む中部オチゴ郡では爆発的な感染拡大は起こっておらず、比較的落ち着いている状況です。

しかし、日々の生活が激変したことはクーパーズタウンも同じです。州知事がロックダウン(休校、必要不可欠な業種以外の出勤禁止、外出制限など)を発表したのが3月20日。現時点で4月29日まで続くことが決定しています。

Photo:スーパーマーケットでカートを消毒する従業員の女性。

クオモ州知事のリーダーシップに注目が集まる

このような非常事態下にあって、ニューヨーク(だけでなくアメリカ全土)でアンドリュー・クオモ州知事のリーダーシップに注目が集まっています。

2011年に州知事に選出されてから現在3期目のクオモ。父親のマリオ・クオモもNY州知事を務めたことがあり、典型的なイタリア系政治一家の出身です。民主党所属で、ニューヨークで同性婚合法化された際の立役者でもあります。

3月にニューヨークで初の感染者が確認されてから、クオモ知事は毎日欠かさずブリーフィングを行っています。その様子はテレビやFacebookなどで放送され、毎日の視聴者は100万人を超えると言われています。普段は政治に関心のない私も、最近は毎朝クオモ知事の発表を聞くのが日課です。

Photo:ブリーフィングのライブ映像。毎日の状況を図表やグラフを使って解説しています。

その口調は非常にフランクで力強く、論理的です。分からないことは素直に分からないと認め、1人でも多くの命を救うために今私たちがすべきことは何かを具体的に伝えてくれます。

クーパーズタウンの状況

経済の観点から言えば、クーパーズタウンの胸中は複雑です。

クーパーズタウンの経済基盤は大きく分けて3つ。観光、スモールビジネス(農業含む)、そして病院の3本柱となっています。言わずもがな観光分野は大きな打撃を受けています。

クーパーズタウンは野球の発祥地と言われており、毎年30万人以上が訪れる「野球の殿堂」があることで有名なのですが、もちろん殿堂は閉館中。夏休みに行われるアメリカ最大級のリトルリーグ大会「Dreams Park」も、今年はキャンセルとなってしまいました。このため、多くのレストランや宿泊施設、ショップなどにとって2020年は厳しい年となることは間違いありません。

Photo:パン屋の窓に掲げられた「これもまた過ぎ去る」のメッセージ。(Schneider’s Bakeryのフェイスブックページより)

クーパーズタウンでは、これらの商業施設のほとんどがローカルに運営されているスモールビジネスとなっています。「古き良きアメリカの田舎町」というイメージを守るために、大規模なチェーン店の進出が実質的に禁じられていることがその理由です。

スターバックスもなければ、マクドナルドも町の境界線から7キロ近く離れたところにポツンと立っているのみ。今年1月にはダンキンドーナツが進出を試みましたが、住民投票によって否決されました。人の温かみを感じることができる素晴らしい環境ではあるのですが、ロックダウンの影響を最も大きく受ける部門でもあります。

各ビジネスはユニークなテイクアウトメニューを考案したり、オンライン販売を強化したりと様々な対策を打ち出しています。例えば、ピザ屋からは調理前のピザ生地とソース、トッピング類を別々にした「家で自分でピザを焼いてみよう」というセットが登場。休校続きで退屈している子どもも一緒にピザ作りができ、お店と同じ味が楽しめると人気です。

Photo:DIYピザメニュー。値段も10.99$とお手頃です。(New York Pizzeriaのフェイスブックページより)

しかし、やはり現実は厳しいものです。動物保護シェルターが運営するリサイクルショップは、これまで1日で1,000ドル近く売り上げることも珍しくありませんでした。店が閉鎖された今、フェイスブックなどで商品を販売してはいますが、週に50ドル売れたら良いほうだと言います。

利益は100%シェルターの活動費となるため、この変化は多くの動物たちの命に関わる大問題です。いつになったら通常営業を再開できるのか、国や州からの経済支援はどのようなものになるのか、不安は大きくなるばかりです。

一方で「大繫盛」しているビジネスもあります。病院です。クーパーズタウンには、ニューヨーク州中部で展開するBassett Healthcare Networkのハブとなる総合病院が位置しています。そのため町の住民の大半は医療従事者となっています(特に若い人が新しくクーパーズタウンに引っ越してきた場合、ほぼ100%病院関係者)。

この地域の感染者数はまだ比較的少ない方ですが、それでも病院では日々激務が続いています。より感染者数の多い近隣地域からの患者の受け入れも検討されているため、まだまだ山場はこれからです。

町では手縫いのマスクを寄付したり、食べ物の差し入れを提供したりと、一丸になってサポートしようという姿勢が広がっています。このように助け合いの輪が広がるのを見るのは心が温まるものです。加えて、病院があるおかげで町の経済が完全に破綻することもおそらくないでしょう。

しかし、アメリカには観光が唯一の財源である「モノカルチャー経済」の町が多く存在しており、存続にかかわるほどの被害を受ける町も出てくると思われます。そのような状況の中で、クーパーズタウンは比較的安泰なのです。

ロックダウンがもたらした幸せ

ニューヨーク州で完全なロックダウンが発表されてから約3週間。私はここ数年間で、一番深い幸せを感じています。

世界中で何百万という人が苦しんでいる中で、こんなことを言ったら反感を買うかもしれません。もちろん、このような災難がなかった方が良いとは思いますし、亡くなった人・愛する人を亡くした人のやりきれない気持ちを思うと心が痛みます。闘病中の人の速やかな回復と日常生活の再開を深く祈っています。

しかし、個人的な話をするならば、このような生活の変化はまさに私が長年必要としていた福音ではないかと思うほどポジティブなものです。私が最後に家の敷地外に出たのは3月15日。もうすぐで1か月になります(食料品の調達などは夫が担当)。

田舎町クーパーズタウンでは都市部のように厳しく外出が規制されているわけでもなく、ファーマーズマーケットなども人数制限はあるものの、通常通り開催されています。ですので、出かけようと思えば理由を見つけて出かけることができます。しかし、そもそもどこかに行きたいという気持ちがわきません。今、夫と2匹の飼い猫とともに家にいることが私にとっては一番の幸せです。

Photo:珍しく晴れて気温も高かったので、庭で猫と一緒にヨガ。

といっても、元からインドア派の私の生活はそこまで大きくは変わっていません。フリーライターという職業柄、仕事はそもそも在宅なのでこれも変わらず。家庭教師の夫はZoomを活用してオンラインで個人指導を続けています。休校が続くなかで勉強を続けたいと願う生徒や親が多く、生徒数は倍近くにまで増えました。

夫の生徒の大半は高校生。アメリカのティーンエイジャーたちにとって、このロックダウンは相当こたえているようです。「みんな葬式から帰ってきたような顔をしている」と夫は言います。

アメリカの高校生には、日本のように「毎日勉強する」という生活が根付いていません。デート、スポーツ、パーティーが人生の全てである若者が、いきなり家族と一緒に家に閉じ込められてしまうのですから、無理もないことかもしれません。そんな中で夫は、生徒たちを精神面でサポートするカウンセラーの役目を果たすことが多くなっています。

Photo:オンラインで授業を行う夫。

私がこれだけポジティブに今回の出来事を受け入れることができているのは、メンタリティの変化があったからです。

私は大学生の頃からうつ病と闘ってきました。数か月単位で良くなったり悪くなったりと波があるのですが、2019年後半は特に辛い日々が続きました。原因を一言で言い表すことはできませんが、根幹には自分という人間を素直に受け入れることができない、といった問題があったように思われます。

例えば、社交が苦手なこと、友人と遊ぶよりも家で猫と一緒に過ごすほうが好きなこと、毎日12時間寝るのが好きなことなど、今まではどうしても「私は何かがおかしい」と思わずにはいられませんでした。いわゆる社会の常識とは違う自分の行動に罪悪感を抱き続けてきたのです。

それが今、世界中が「自宅待機」と「社会的距離」を推奨するようになりました。私は社交や運転(田舎のクーパーズタウンは車社会なので、毎日最低でも1時間は運転に費やされてしまいます)に時間を無駄にすることなく、そしてそれに対して罪悪感を抱くことなく、思う存分自分の好きなことをすることができます。ようやく肩の荷が下りたような気持ちです。「ありのままの自分でいる」とはどういうことなのか、思春期以来で初めて理解できたように感じます。

現実を受け入れ、今ある瞬間を精一杯に生きること

もちろん、困難なこともあります。私は現在アメリカ永住権の申請中なのですが、その最終段階である面接がキャンセルされてしまいました。永住権を取得するまで、私はアメリカを出国したり、銀行口座を開いたりすることができません。既に申請から1年が経過しており、いつになったら確実な在留ステータスを得ることができるのかと考えるとストレスがたまります。

そしてこの原稿の提出日である4月14日、飼い猫のムファサが亡くなりました。急な出来事でした。改めて諸行無常をあまりにも辛いかたちで痛感させられました。結局私は毎日何も変わらず、昨日と同じ明日が来るという前提で生きていたのです。

愛猫の死であろうと、パンデミックの勃発であろうと、日常が崩れることを止めることはできません。私たちにできることといえば、現実を受け入れて今ある瞬間瞬間を精一杯に生きることだけなのです。

Photo:猫のように、未来のことも過去のことも気にせず、今この瞬間をしっかりと生きていきたいと思います。

▼他の都市を読む

【特集】パケトラライターが伝える、世界の今。新型コロナウイルスが変えた私たちの生活(4/21更新あり)

このライターの記事

Top