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ミシュラン三つ星「フレンチランドリー」がアメリカ料理界にもたらした進化と革命(前編)アメリカンをハイエンドに

去年日本で話題になったドラマ「グランメゾン東京」の中で、「世界のミシュラン三ツ星レストランでそれを10年以上継続できるのは10%以下」というセリフがありました。

世界の都市の中でも、サンフランシスコは三ツ星レストランが多い街の一つです。その中で、ミシュランガイド・サンフランシスコ版が発売されて以来、16年も三つ星を定着させているレストランがあります。

「全米一予約が取れないレストラン」としてあまりに有名な「フレンチランドリー(THE FRENCH LAUNDRY)」は、2019年に25周年を迎えました。1994年のオープン当時、SNSや予約サイトも無かった頃、口コミで人気を集め、筆者がベイエリアに移住した2000年頃には、すでに一日電話をかけても通じない程の人気ぶりでした。20年経った今もこの現象は変わっていません。

Photo:3年前に新築された巨大でモダンなキッチンと、美しいコートヤード

オーナーシェフのトーマスケラー氏は、これまでのアメリカン料理に革命を起こしたレジェンドシェフです。誰も真似出来ない店を作り上げ、アメリカンレストランの“在り方”に大きな影響を与えてきました。今回はケラー氏に学ぶレストラン講座です。

店名:「洗濯場」というネーミング

この場所は元々「フランス人の洗濯場」があった場所で、それがそのまま店名になっています。そのユニークな名付けにも象徴されるように、ケラー氏のフィロソフィーは拘りと革新の連鎖なのです。

しかも店名から「フレンチ料理」と思われがちですが、内容はフレンチテクニックを用いたアメリカン料理です。ケラー氏の「オリジナルの拘りとユニークさ」は、フレンチランドリーのロゴである洗濯バサミにも表現されています。

Photo:フレンチランドリーのロゴは洗濯バサミ。昔からアイコンになっている

ロケーション:一軒のレストランが街を変えた

ケラー氏は、ニューヨークからヨントビルという田舎町に移住してきました。今でこそナパは世界有数の観光地ですが、26年前のナパは、ワイナリーの試飲に料金を取らないくらいまったりしていました。「畑に一番近いレストラン」と現在の場所を買い取ったことで、ドラマが始まります。

「トーマスロード」と呼ばれるフレンチランドリーの複数の姉妹店と並行し、新しいレストランも集結しました。昔のホテルが近代リゾートになるなど、まるで魔法にかかったかのように街がみるみる変化していきました。ヨントビルは現在、ナパグルメの登竜門となっています。

サービス:米国流「おもてなしの精神」

Photo:フレンチランドリー外観

フレンチランドリーを訪れる客は、まず良い形で期待を裏切られます。客の多くがミシュラン三つ星レストランを「特別な建物」と想像し、前を通り過ぎるのです。昔ながらの石造りの佇まいは周りの景色に溶け込んでいます。築120年前後の落ち着いた客室は、ケラー氏が望む「客をゲストとして迎え入れる」屋敷なのです。

2017年、2年の歳月をかけ大改修工事が行われました。ダイニングルームが変わると思いきや、最新のモダンデザインと設備に改装されたのはキッチンとガーデンだけ。伝統のノスタルジックな客席はそのまま残されました。常連客は「家に帰って来た気持ちになる」といいます。これこそがケラー氏のフィロソフィーです。

Photo:「私の家にゲストを招く」がケラー氏のフィロソフィー

エントランス:伝説の「ブルードア」

敷地内にゲストが足を踏み入れると、夢のダイニングへのエントランスである「ブルードア」に行き着きます。これもケラー氏の拘りのひとつ。以前のレストランオーナーが、この場所でカリフォルニア料理店を経営していた1978年当初のキッチンへのドアを残し、ご夫婦に敬意を称しています。「伝説のブルードア」と呼ばれ、レストランのアイコンとなっています。

ガーデン:ダイニングスピリットを齎すガーデン

ブルードアの前には、大改装で新しく建設された美しいガーデン(コートヤード)が広がります。客室に入る前にここで客はチェックインをし、ワイングラスをくゆらせながら、芝生や木々、花々、風と戯れます。このひと時が雑踏の都会から逃れ「ナパで食事を楽しむ」時間の切り替えになる、癒しのひと時です。ナパの心地よい風に美味しいシャンパンとアミューズで心の準備が整います。

Photo:ハンモックやロッキングチェアに座り、スパークリングワインとミューズを嗜む至福のひと時

従業員:サービスとシェフ

客席のおもてなしである従業員一人ひとりの笑顔や食の知識、そして思いやりを持ってサービスしてくれる「プロフェッショナル精神」は、ここから生まれた気がします。ゲストとシェフ、生産者をつなぐ重要な役割です。

また、キッチンを仕切る重要なポジション「シェフ デュ クイジーヌ」は、カリナリースクールの肩書きより長年クック(あるいはインターン)から始めて昇格するパターンが多いのも、ケラー氏ならではの「働き方」です。皆ここで長年勤め、卒業すると新たなレストランを成功させています。

食材:オーガニック自社農園

レストランの前には広大なオーガニックの自社農園が広がります。ここで育つ野菜は全て「フレンチランドリー」を始め、トーマスケラーグループのレストランで使用される、地産地消ならぬ「自産自消」です。朝採れの野菜をその日の内に消費する贅沢な環境が揃っています。この現象は世界にも広がりを見せ、田舎のレストランだからこそできる特権でもあります。

Photo:レストランの向かいにある広大なオーガニック自社農園

メニュー:オールド&ニュー

現在の客単価は約$500。その価値を知るものこそ、ここに出向き、ケラー氏のオリジナルと進化したメニューを頂きます。

その特別コースの中に「オイスター&パール」という毎回登場するプレートがあります。オイスターとキャビアの塩味にクリーミーで濃厚なスープと、パールに見立てたのはタピオカです。ケラー氏に直接遭遇する機会は少なくても、ここへ来るとシェフのスピリットが味わえます。

Photo:有名なメニュー「オイスタ&パール」。何度食べても食材が引き立つ旨味バランスは絶品。ケラー氏のシグニチャーディッシュ。

Photo:コース料理 $325 に加え「今日のスペシャル」が追加オプションに加わります。季節の特別食材を使った魅力的なメニューが多く、つい注文してしまいます。この日は大好物のトリュフメニューでした。

Photo:オーガニック自社農家から朝採れのフレッシュなフルーツメニュー

フレンチランドリーがアメリカ料理界にもたらした歴史と改革

ケラー氏の功績は多すぎて一口には語れませんが、まずアメリカン料理のポジションが大きく変わったというのが一つです。

今から25年前、カリフォルニアではまだ「コース料理」を提供するハイエンドレストランは、数えるほどしかありませんでした。しかし90年後半、シリコンバレーを中心にバブルがやってくると同時に高級レストランはブームとなり、一気に増えました。

Photo:2019年に行われた25周年記念ディナーには25年もののワインがコースで振る舞われました。そのうち、ナパ最古のワイナリー「ベリンジャー」の25年ものを頂きました。

「アメリカン」と聞くと、日本ではステーキなどの「肉」をイメージする人が多いと思いますが、ここのアメリカンは地元食材にこだわった、素材の味を引き立てるアメリカン、またはカリフォルニア料理と分類できます。

それまでヘビーでワンプレートが主だったアメリカン伝統は、オールドファッションです。カリナリーの世界でアメリカン料理は既にシーズナルで繊細なイメージ。カリフォルニア料理→アメリカン料理に変化したと想像した方が良いかもしれません。この進化に貢献したのもケラー氏です。

旅をしてでも行く価値があるレストラン———まさしくミシュラン三つ星の定義がピッタリの名店です。

トーマス・ケラー氏に学ぶ<改革編>は、後編で。

Photo:現在のシェフ デュ クイジーヌのデビット・ブリーデン氏と筆者。ブルードアの前で

Photo:フレンドリーなシェフ、ケラー氏と筆者。ある晴れた日の夏に

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