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コロナによるイギリスのマーケットの変化

ロックダウン中のイギリス飲食業の新たな取り組み

イギリスでは2021年3月から段階的な規制緩和が実施され、少しずつ庶民生活は通常モードに戻りつつあります。政府が制定したロードマップ通りに進めば、2021年6月21日には完全に規制が取り除かれる予定です。4月から屋外スペースのある飲食店は営業できるようになり、また5月から屋内飲食が可能になり、街は活気を取り戻しつつあります。

今回のパンデミックとそれに伴うロックダウンで空前の大打撃を受けたのは、レストランやカフェ、ホテルなどのホスピタリティ業界で、現在のところ全国65万軒の飲食店が閉業の危機に面していると報告されています。

ロックダウン中、唯一のショッピング体験の場でもあったスーパーマーケットや食料・日用品小売りの売上は急増し、食品小売り・卸業の売上が大幅に伸びました。それを受けて、食品小売りや卸業がホスピタリティ業界を助ける動きが出てきています。

例えばイギリス南西部を拠点にパブなどに食品をおろしている、卸大手の”Brakes”は2021年3月末に「Help for Hospitality」キャンペーンを立ち上げ、3500品目の値段を引き下げました。またスーパー大手の”テスコ”も屋外飲食解禁に合わせて「テスコに行くよりも地元パブを応援しよう」 というスローガンを打ち出しています。3月にはカフェ・チェーン大手の”プレタ・マンジェ”がテスコと提携し、自社の焼き菓子をテスコに卸す契約が取り交わされるなど、win-winの形で販売の場を広げる努力もあります。

顧客とのつながりを保つホテルのポップアップ戦略

営業ができない中で顧客とのつながりが希薄になることを避けるために有名ホテルは、小売や店頭販売を視野に入れた小さなデリやカフェを新規で立ち上げ、売上の確保も含めて顧客を呼び戻す動きが活発になりました。

創業100年の5つ星ホテル、「コノート」ではホテル業を続けられない状況の中で、ロックダウン中にベーカリー部門「コノート・パティスリー」を立ち上げています。メイン・エントランスではない場所に別の入り口を作り、ホテルの中を通らなくてもアクセスできるので独立した店舗として一般へ開かれた印象を与えました。また、これまで限られた富裕層しか出入りがなかった同ホテルのクオリティの高さを知ってもらえる良い機会となっているようです。

コノート・パティスリー

薄いピンクで統一した店内。近隣で働く富裕層の顧客も多そうでした

ホテルのパティスリー部門を率いるのはロンドンの5つ星ホテルでエグゼクティブ・パティシエを歴任しているベテラン、ニコラス・ルゾーさんです。ケーキは、持ち帰りで1つ9ポンド(約1,400円)、イートインで12ポンド(約1,870円)とロンドンでも最高価格帯ですが、これが文字通り飛ぶように売れています!観光客がほとんどいないため、顧客は近くに勤めている人や、現地の人がほとんどです。また、遠くからでも買いに訪れているグルメな方もいるようです。

ケーキ類はクラシックなフレンチ・パティスリーで、ニコラスさんのクラフト精神を感じます。

コノート・ホテルのエンブレムに描かれているハウンド(犬)をかたどったヘーゼルナッツ・ケーキがシグニチャー

パリブレスト(右)も人気商品。左は少し変わった形のモンブランです。両者ともに最上質素材を使った芸術品。季節によって新商品が登場します。

同様にコノートと肩を並べるロンドンのトップ・ホテル、クラリッジズもロックダウン中の今年2月にホテルのサイド・スペースに焼き菓子やワインなどを扱う高級食料品店を立ち上げました。これも顧客とのつながりを失わないようにとの意図から生まれたポップアップで、ロックダウン中はドリンクなども提供するカフェとしても機能していました。

規制が緩和された今はホテル本来の飲食部門へ再び顧客を送り込むためにカフェ機能をなくし、ポップアップから一転、常設店として自社開発のホテル雑貨を扱う店として残っています。

クラリッジズのエピセリー。規制中はカフェとしても使われていました。

現在のエピセリー。食材以外の商品も目立ちますが「エピセリー」(食料品店)の名前は残りました。

自社ジャムやビスケット、紅茶、ティーセット、シャンパンや寝具、テディベアやバッグなどホテル・グッズを扱います。

ロンドンのトップ・ホテルならではの品揃え

これらのホテルの動きは、ロックダウンによる要求が生み出したスピンオフ・ストアとして記憶されるでしょう。

パブの空きスペースを利用したポップアップ

ロックダウンによって中心部の路面店を閉じてオンラインへ移行したブランドも数多くあります。イギリスでは現在働く人口のうち45%が自宅勤務となっており、一昨年に比べてEコマース利用の割合が3割増しと報告されています。

フィナンシャル・タイムズは商業業界の失墜により、イギリス国内でサッカー場約200個分の空きスペースが出るだろうとの意見を載せています。今後は商業利用以外の用途も検討されているようです。

店舗の空きスペースの増加はパンデミック以前から始まっており、そうしたスペースは様々なビジネスが一時的なプロモーションに利用してきました。今回のロックダウンでは、閉店しているパブのキッチンを使いポップアップ・キッチンを稼働させ、注目されました。規制緩和でパブがオープンしても、そのままの関係でコラボを続けていくケースも多いようです。現在人気のポップアップ・キッチンのリストはこちらで。

例えば東ロンドンにある大人気ポップアップ・キッチン「Hot 4 U」は、ロンドンでも指折りのレストランで働いていた経験を持つシェフたちが運営。最初のロックダウンからパブのキッチンを使って自分たちの料理を食べてもらえるよう工夫し、今回の規制緩和後も同じパブのキッチンで続けていくようです。パブ とシェフ のコラボは、互いのニーズが完全に合致するのが素晴らしいですよね。両者にとってこのコラボが非常に有効なプロモーション方法であることは間違いないと思います。

Hot 4 Uの料理とコラボ・パブのプリンス・アーサー。お店のSNSから写真をお借りしています。

スーパーマーケット「モリソンズ」の新しい取り組み

「生活必需品」を扱うスーパーは好調な売り上げを見せる一方で、パンデミックをきっかけにオンライン販売に力を入れざるを得なくなりました。庶民をターゲットにしている英国の業界4位のスーパー「モリソンズ」は、今期の売上が3倍だと発表しました。その達成の理由として、販売のマルチチャンネル戦略をあげています。

モリソンズは、自社手配のデリバリーに加えて、AmazonやDeliveroo(食事配達からスタートした配達会社)など他社配達サービスと提携をして、配達チャンネルを多様化して販売網を広げ、配達スピードをあげました。またAmazonフレッシュでの店頭販売、顧客によるオンライン注文&引き取りサービス「クリック&コレクト」戦略を強化したことを売上増の理由として挙げています。

Deliverooとの提携では注文から30分で商品の受け取りが可能となりました。これはイギリスにおける食品デリバリーとしては大きな改革です。またインターネットを使わない高齢者用に電話注文のデリバリーにも力を入れるなど、まさにマルチチャンネル戦略が功を奏したとのこと。

このモリソンズの新しい取り組みに、注目すべきものは、通常モリソンズは住宅地で展開している大型スーパーですが、1990年代から営業している北ロンドンの超大型店舗を閉店させ、隣の敷地に2021年2月に「Market Kitchen」と名付けた持ち帰りフード・ストールを通りに面して設置しました。これはスーパーの新コンセプトとして話題になっています(Market Kitchenは地方都市のモリソンズでも展開中)。

モリソンズのMarket Kitchen外側のデコレーション。この仮店舗の外観デザインはクリエイティブ集団HATOに依頼され、6ヵ月かけて制作されたもの。地元カムデン地区の食に関わる生産者の歴史を表していると書いてあります。

このMarket Kitchenはメイン通りに面して窓口を設けているので、店内に入らずともシェフが調理した食品を持ち帰ることができるシステムで、なるべく人との接触を避け、店内に入らずに購入できるという意味で、コロナ時代の産物であると言えると思います。またMarket Kitchen の商品は提携配達会社Deliverooに配達してもらうことも可能で、これも他スーパーとは違うモリソンズならではのサービスです。

道路に面した窓口から注文可能

ストールは全部で6つ。学生や若い家族をターゲットにし、人気のチキン屋台やミルクシェーク&ワッフルなどに加えて、ヴィーガン屋台も入れるなど時代を反映したラインナップです。

利益よりもお客様との関係性を

ここまで販売スペースや店舗形態などハード面での変化や努力について見てきましたが、ソフト面では割引サービスが最も大きな取り組みだと思います。ロックダウン中を含め割引はどの飲食店も引き続き取り入れており、各種SNSやDMなど様々な手段で宣伝しています。

ロックダウンが解除となった昨夏は、ホスピタリティ業界へのサポート政策として政府主体で始まった「Eat Out to Help Out(外食でサポートしよう)」キャンペーンが大きく飲食業界を助けました。これは一定額まで飲食額が50%オフになるというキャンペーンで、50%は政府持ちという飲食店には嬉しい太っ腹な政策でしたが、今年の規制緩和後の現在はこれを政府の助けなしで続けざるを得ない状況です。

利益率を犠牲にすることで顧客の足を向けさせるという作戦は厳しいとは思いますが、客足が遠のいているところ、いかにお客さんに戻ってきてもらうかという模索の中で行われています。具体的な施策については、下記リンクから詳しくご覧いただけます。

https://checkout.timeout.com/london/food-and-drink
https://www.hot-dinners.com/Offers/Hot-Dinners-Restaurant-Offers/
https://www.designmynight.com/london/restaurants/restaurant-deals-and-offers-in-london

純粋な合計額からの値引き、セット・メニューの割引、付加価値を付ける、飲食に関わるワークショップの開催など、施策の形は各店によって様々です。オンラインな世界から脱却し、実際に来店してもらうことを主眼としていることは間違いありません。

ロックダウン中はレストラン/カフェ/パブなどの飲食店が食料品を店内で販売することにより稼働し続ける「飲食店のコンビニエンス・ストア化」現象もありました。

大抵は取引のある生産者のものを販売したり、保存食品を作って売ったりといったことですが、これはロックダウンが事実上終わった今も続けている店が多く、パンデミックの副産物であると言えます。

これらは「複数の業種を兼ねる」ことで営業を続け、お客さんにきてもらうサバイバル作戦と言えます。

まとめ:Eコマース強化と地域社会への回帰

パンデミックによって、それまでEコマース採用に踏み切れなかった多くの飲食ビジネスがオンライン販売を取り入れました。また、いかにオンライン売上を伸ばすかを模索した1年半でもありました。街から人が消えて世の中はヴァーチャル仕様へと変化を遂げたかに見えます。

しかし一方で、地元の顧客に多くを負っている町の小売店は、いかに顧客との対面接点を保つか、また相互に助け合うかといった、コミュニティ・ベースの動きも目立ったと思います。それは住宅エリアだけでなく、ロンドン中心部も含めて全てのビジネスに当てはまっています。さらにチェーン店でさえも、何らかの形で地元コミュニティに貢献しようと模索した1年半でもありました。

イギリスでは消費者が意識的に地元の店をサポートしたり、反対に店が病院や学校給食、高齢者への食事提供に貢献したりと、相互扶助が目立ったパンデミック期間だったと思います。現在生き残っている飲食店は、生き残りの理由がそれなりにあると言えるのではないでしょうか。

ロンドンではパンデミック中に、たくさんの食料品店がオープンしました。その多くが地元重視やナチュラル、オーガニックを謳ったものです。また持ち帰りの融通がきくカフェもパンデミック中の新規オープンがありましたし、規制緩和後の現在はレストランも含めた新オープンが相次いでいます。飲食形態は基本的に人の移動なくして成り立たないものなので、勢いのある店が地域を活性化し、外からも人を呼び込む役割を果たします。

顧客が求めているのは食そのものや商品だけでなく、店での複合的な「体験」にもあります。ヴァーチャルではまかなえないものを提供し続けることで、店舗は生き延び顧客は喜ぶはずですよね。パンデミックを乗り越え、また新しい形の食体験が生まれることを心待ちにしています。

 

 

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