ロックダウンを乗り越えチャンスに変えた、小さな街のスモールビジネス
2020年3月20日、コロナウィルスの爆発的な拡大を受けて、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事が「必要不可欠ではないビジネスの完全閉鎖」を要請しました。これにより事実上のロックダウン(都市封鎖)が始まったのです。
ビジネスの段階的な再開が始まったのは6月初旬。スーパーやドラッグストアなどを除く店舗は、2か月超もの間営業をすることができませんでした。
この打撃を最も大きく受けたのは、スモールビジネスです。各州や政府は様々な救済政策を発表しましたが、それにもかかわらず5月の時点でアメリカでは10万を超えるスモールビジネスが閉鎖に追い込まれました。
大規模なチェーン店がほとんどなく、個人・少人数経営のお店が多数を占める町に住む私は、慣れ親しんできたお店が閉業する様子を何度も目の当たりにしました。特に行きつけの美容院が閉じてしまったときは、とても悲しかったものです。
しかし、様々な方法で苦境を乗り越え、コロナと共に生きる新しい時代に適応したビジネスも勿論たくさん存在します。
今回の記事では、そんな強いスモールビジネスの1つ、ニューヨーク州オニアンタのヴィンテージショップ『The Underground Attic(地下の屋根裏)』を紹介します。若き経営者がロックダウンを乗り越え、進化した形でお店を再オープンするまでのストーリーは、参考になるアイデアに満ちています。
小さな街のヴィンテージショップ
オニアンタ(Oneonta)はニューヨーク州中部に位置する人口約14,000人の小さな街。大学が2つあることから若い人が多く、おしゃれな古着屋さんやカフェなどが集まり活気に溢れています。このメインストリートにヴィンテージショップを構えるのが、20代のエリザベス・ラファエルソンさんです。
エリザベスさんは15歳の時からヴィンテージ古着をコレクションし始めたそうです。地元の大学でファッションを学んでいる時に、このコレクションをオンラインで少しずつ販売するようになりました。そして卒業後の2014年、今のショップをオープンしました。
コロナウイルスのニュースがアメリカでも聞かれるようになった時、エリザベスさんはショップの5周年を祝ったばかり。さらにパートナーのジェームズさんも2020年3月に新しくタトゥースタジオをオープンする予定となっており、希望にあふれていたと言います。しかしコロナの状況は悪くなるばかりで、とうとう店の閉鎖が確定。エリザベスさんが最初に感じたのは「家賃を払え続けなるのではないか」という不安でした。
しかし、この日インタビューに応じてくれたエリザベスさんの顔には、当時の不安や恐怖を思わせるところは全くありません。店内も今まで以上に明るく飾り付けられており、とても陽気な雰囲気が漂っています。
このことを筆者がコメントすると、「実は、パンデミックが起こってから私のビジネスは今まで以上に成長したの!あまりにも忙しいから、8月からフルタイムの従業員を雇う予定。これまではそんな金銭的な余裕はなかったけれど、今ではできるようになった」と笑顔で答えてくれました。
「The Underground Attic」が逆境を逆手に取り、成長のチャンスに変えることができた秘密は一体どこにあるのでしょうか。
手書きのイラストが人気を集めたサプライズボックス
ロックダウン直後、エリザベスさんは緊急の対策として店舗再開後に使えるギフトカードを発売。そしてオンラインでの販売にシフトし、ジュエリーなど試着なしでも購入できる商品をメインに取り扱うようになります。しかし、転機が訪れたのは4月、イースターの時期でした。
自宅にある商品の在庫スペースを整頓していると、幼き頃のイースターバスケットを発見。アメリカでは、イースターの時期に子どもたちがバスケットを持って、庭や自宅などに隠されている「卵」を探す伝統行事があります。この「卵」はプラスチック等でできており、開けると中にお楽しみでおもちゃが入っています。「何が入っているかな…?」というドキドキ感がとても楽しい遊びです。
この時の興奮を思い出したエリザベスさんは、ふと「イースターの時期に合わせたサプライズボックスを販売してはどうだろう?」と思いつきます。15ドル、30ドル、50ドルの3つの価格設定で、お店の商品の中から何が届くかはお楽しみ。早速ウェブサイトとSNSで告知したところ、当日中に3つの注文がありました。
「たとえ売れなくても、みんなの気分を盛り上げる楽しい企画だからいいか、という軽い気持ちで始めました」と語るエリザベスさん。パートナーのジェームズさんに包装を手伝ってもらっていたところ、暇を持て余したジェームズさんが箱にイラストを描き始めました。
「ジェームズが何気なく、箱にイースターのウサギさんの絵を描いたんです。それがとても可愛くて!せっかくだからと全ての箱に絵を描いてもらうことにしました。最初は茶色の箱を使う予定だったけど、絵がはっきり見えるように白い箱を再購入しました。」
この箱の写真をSNSにアップしたところ、思いがけず大人気に。「箱まで可愛い!」「大人のイースターバスケットだ!」と話題を呼び、何とそこから1週間で、150を超える注文があったそうです。これにはエリザベスさんもジェームズさんも驚きだったと言います。
「何が起きたのか理解するのに少し時間がかかりました。そこからは毎日朝9時から夜11時まで、私はボックスの中身を選び、ジェームズは箱にイラストを次から次へと描いていきました。あまりにも忙しくて、お昼休みもちゃんととることができなかったくらい。」
イースターボックスの成功を受け、5月には母の日ボックス、6月には父の日ボックス、そして7月以降は毎月サプライズボックスを受け取ることのできるサブスクリプション制度も開始。今ではThe Underground Atticを代表する商品となっています。
サプライズボックス成功の秘密は?
サプライズボックス自体は、日本で言う福袋のようなもので、完全にオリジナルなアイデアというわけではありません。The Underground Atticのサプライズボックスがこれだけ成功したのには、次のような理由があると考えられます。
まず1つ目は、エリザベスさんがボックスを購入した1人ひとりに対して、その人の好みに合わせた中身をキュレーションしていることです。つまり、パッケージの絵だけでなく、中身も1つとして同じものはありません。
エリザベスさんは巨大なスプレッドシートを活用して、お客さんのサイズやテイストなどを一括管理しています。もちろん、以前にボックスを購入したことがある場合は、同じ商品が届くことのないように注意。ただ単に金額分の商品を詰め込むのではなく、相手のことを考えて気に入ってもらえそうな商品を丁寧に選択しています。
例えば、筆者が購入したイースターボックスには、以前お店を訪れたときに「これ素敵!」とコメントしたキャンドルが入っていました。あの時の会話を覚えてくれていたんだ…と、なんだか胸が熱くなったのを覚えています。
パーソナライゼーションは現代のマーケティングにおいては欠かせない概念ですが、その究極の例がこのサプライズボックスであるといえます。自ら店舗に出向いて買い物をすることができない今、センスの良いエリザベスさんが自分だけのパーソナルスタイリストとなって代わりに商品を選んでくれるのは、楽しいだけでなく有難くもあります。
2つ目は、やはりパッケージへのこだわりでしょう。インターネットでの商品販売には、人を惹きつける画像が必要不可欠になります。特に中身を見せることができないサプライズボックスは、外箱のイラストがなければ興味を引くことが難しかったかもしれません。
加えて、手書きのイラストは特別感に溢れています。思わず「これ見て、すごいでしょ!」とSNSなどでシェアしたくなりますね。まさに「インスタ映え」のツボを押さえている独創的なパッケージのおかげで、ほとんどプロモーションをしなくても口コミなどから販売が広がったと言います。
オンライン販売を行う場合、世界中の同業者と競合することになります。その中で自分のお店を選んでもらうためには、差異化を図ることが重要です。「今まではそこが一番難しかったけれど、このサプライズボックスで初めて私だけの強みを見つけられた」とエリザベスさんは語ります。「サプライズボックスの中身を気に入ってくれた人が、他の商品を購入することでリピーターも増えた」とのこと。
そして3つ目は、純粋に「楽しい企画であること」だと筆者は考えます。外出できない退屈さ、先行きの見えない不安、病気の恐怖など、この時期は誰もがネガティブな感情を抱えがちです。そんな時、ちょっとだけでも笑顔になれる理由があるのは嬉しい限り。サプライズで可愛い商品が届くこの企画は、そんな人々の思いを見事に捉えています。
他にもこんな変化が!
今年に入ってThe Underground Atticが経験した変化は、サプライズボックスの成功だけではありません。「これから何が起こるかは分からないから、できることは全てやっていかなければいけない」と語るエリザベスさんは、他にも様々な戦略を取り入れてきました。
例えば、取り扱う商品の幅が大きく広がりました。これまでは19世紀後半から1980年代までのヴィンテージ/アンティークの女性向けアパレル品がほとんどでしたが、今では新作商品や雑貨類も多く販売するように。
「これまではヴィンテージに対するこだわりが強かったけれど、もういいや!と思って(笑)店のテーマに合うもの、私自身が好きだと思ったものはなんでも取り扱うようになりました」とのこと。多様化しながらも統一感を失わないでいるのは、さすがセンスの良さがあるな、と感じさせられます。
商品を多様化することで、お店に入ったお客さんは必ず何か1つは気に入ったアイテムを見つけることができるようになります。「ワンピースを買ったついでに、ちょっとこれも」というように、+αの買い物も増え、さらにギフトを購入する目的で来店する人も増えたそうです。
また新作商品のほとんどは、エリザベスさんと同じスモールビジネスから仕入れたもの。大変な時期にビジネス同士が支援し合う仕組みを作っているのです。
しかし、もちろんメインはヴィンテージ商品であることは変わっていません。「ヴィンテージはコンディションを確認することがとても重要。私は必ず、購入する前に自分の目で商品を確認しているようにしています。オークションサイトなどで仕入れることはほとんどないの。」と、エリザベスさんには強いこだわりがあります。
ロックダウンの影響で仕入れが難しくなったのではないか、と尋ねると、「コロナの影響で、アメリカではたくさんのヴィンテージショップが閉店に追い込まれてしまいました。悲しいことだけれど、実はそういったお店のコレクションを丸ごと買い取る機会があって、今では在庫がいっぱい!」と教えてくれました。
利用が急増したインスタライブを活用
さらに7月に入ってから、エリザベスさんはもう1つ新しい戦略を取り入れ始めました。インスタグラムのライブビデオによる商品販売です。
インスタグラムでは、誰でもビデオを生中継できるライブ機能があります。実はこのライブ機能、コロナの影響で利用が急増しました。ビジネスやインフルエンサーなどにとって、もはや欠かせないビジネスツールになっているといえます。
エリザベスさんは毎週金曜日の午後6時からライブセールを実施。約2時間のライブで、平日に1日お店を開けているのと変わらないほどの売り上げがあります。エリザベスさんは「もっと早く始めれば良かった!」と笑います。瞬間最高視聴人数は25人程度と多くはないそうですが、視聴者のエンゲージ率はとても高いのが、インスタライブの特徴です。
「インスタライブはとにかく楽しい!視聴者のコメントに私が答えて…とみんなで会話しているかのような気分になります。外出したり友達と遊んだりすることができない今、そういうつながりの楽しさが大事なのかな」
サプライズボックスのアイデアもそうだったように、エリザベスさんはビジネス戦略を考える際にも「楽しさ」を第一に据えています。このようなポジティブなエネルギーが、特に悲観的なニュースや感情が蔓延する今、自然と人気を集めているのではないでしょうか。
私もエリザベスさんの快活な雰囲気につられて、インタビューを終えてお店を出るころには思わずウキウキを隠せませんでした。もしかしたら、コロナを乗り越えコロナと共存するビジネスの鍵は、The Underground Atticが持つようなポジティビティにあるのかもしれません。
The Underground Attic
273 Main St, Oneonta, NY 13820, USA
https://www.theundergroundattic.com/
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