菓子業界のパッケージや、販促PRに関する事例をご紹介する連載11回目。
今回は、ここ数年、息の長いブームとなっている缶入りクッキーについて紹介します。現在の人気の背景や、クッキーがテーマの催事の動向、日本とフランスとの比較を通じて、「クッキー缶」の課題や今後の可能性を考えてみましょう。
もはや「推し活」!限定デザインのクッキー缶が人気の理由

2025年3月、「阪急うめだ本店」で人気催事「第8回クッキーの魅力」を開催
ここ毎年、3月前半には、関西のクッキーブームを牽引し注目を集める「阪急うめだ本店」の名物催事「クッキーの魅力」が開催されています。第8回となる2025年は、「ユニークコンビネーション」「スウィート&ソルティー」「クッキー缶」「ちょこっとクッキー」の4カテゴリーで約110ブランド・約300種類のクッキーが、前半:3月5日(水)~11日(火)、後半:3月12日(水)~17日(月)に分かれて、9階の祝祭広場に登場します。
第1回が2018年に開催されて以来、時期こそホワイトデーに当たっていますが、会場ではお返しプレゼント用に購入するといった男性の姿よりも、自分の「推しブランド」のクッキーを入手するために手間や予算を惜しまない20代~40代の女性客が目立ちます。
関東では、「そごう横浜店」が2022年5月に「クッキー博覧会」を初開催して以来、人気の催事となっています。2024年5月23日~6月3日にかけて第3回を開催。総計約90ブランドが出店し、注目を集めました。このような催事にも、フランスや日本国内の有名ブランドによる缶入りクッキーが多数並びます。

「第8回クッキーの魅力」で発売される「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」の「コフレアソーティモンドゥビスキュイ ウメハン」(100g入・2,160円)【阪急限定アソート】※後半会期に登場
たとえば、パリに本店のある「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」は、「第8回クッキーの魅力」で阪急限定アソート「コフレ アソーティモン ドゥ ビスキュイ ウメハン」を販売。
同店が日本で缶入りクッキーを最初に発売したのは、2020年10月でした。ブランドカラーの白を基調に光沢のあるシルバーを添えたパリの街並みを描いた缶入りで、サイズは3パターンあります。エッフェル塔や凱旋門の絵柄が少し浮き出て立体的になったデザインが目を引きました。期間限定で、赤色のルージュ缶なども登場しました。
このような限定アソート缶は、中身が気になるのはもちろん、缶も色違いで欲しくなってしまうというのがファン心理というものです。

「カフェタナカ」の日本橋三越本店 限定クッキー缶 「ビジュー・ド・ビスキュイ プティ リオン」
名古屋の人気パティスリー「カフェタナカ」は、2022年9月に「阪急うめだ本店」、2024年10月に「日本橋三越本店」に常設店をオープンしました。オープン記念として、全国からお取り寄せ注文が絶えないことで知られる缶入りクッキーの店舗限定版が発売され、大いに話題となりました。

「ビジュー・ド・ビスキュイ プティ リオン」側面には、日本橋三越本店の象徴であるライオンが金彩で描かれている
「日本橋三越本店」限定の「ビジュー・ド・ビスキュイ プティ リオン」は、老舗百貨店の歴史や物語、その世界観への敬意をクッキー缶で表現した品です。本館外観をイメージした缶本体の側面には、「日本橋三越本店」に装飾されているモールディングを投影させ、正面入り口の象徴的存在であるライオンも鎮座しています。鮮やかな色は三越の包装紙「華ひらく」で用いられている「スキャパレリレッド」です。
このようなお気に入りのお菓子の缶を取っておいて、小物入れなどとして再利用しているという方は、特に女性に多く見られます。特に、なかなか買えない限定缶であれば、苦心して得た入手困難品という思いも相まって、使わなくても並べて見ているだけで幸せという熱烈なファンの方もいます。単にお菓子好き、あるいは「もったいない精神」というのを超えて、そのブランドの世界観を愛する、一種の「推し活」と言えるでしょう。
ただ、店側にとっては、限定デザイン缶は小ロットの発注となるため割高になったり、包材の在庫が増えて保管場所に困ったりといった問題もあります。
特に、1店舗のみで営業しているような規模の個人店では、どうすればよいのでしょうか?
缶から紐解く人気店のクッキー缶の魅力
私も購読している製菓製パンの業界情報雑誌「cafe-sweets(カフェスイーツ)」(柴田書店)の2019年4-5月号では、「買いたくなる、手みやげ菓子」が特集されていました。首都圏や近畿圏の人気パティスリーの「プチ フール セック」詰め合わせが紹介されていました。「プチ フール セック」はフランス語で、オーブンで焼いたクッキーやメレンゲなど、乾燥させて焼いた日持ちが長めの焼き菓子のことです。特に「プチ」と付く場合は、食後の一口菓子のような小さなサイズです。
ちなみに、フィナンシェやマドレーヌのようにしっとりした食感の焼き菓子は「ドゥミ セック」と呼びます。フランスにも「プチ フール セック」の詰め合わせはありますが、私が20年ほど見てきた中で、日本のように立派な缶入りというタイプはほぼ記憶になく、紙箱や、パニエと呼ばれる木製の籠入りなど、簡易なパッケージが一般的です。
湿気の多い日本では、海苔の缶や茶筒に見られるように、外気をしっかりと遮断できる缶入りの食品ギフトが昔から重宝されてきました。現代においてもなお、缶容器入りのお菓子がこれだけ支持されるのも、そんな日本ならではの特徴だと思います。

「アディクト オ シュクル」の「ボワット レ シャ」は5種類のフールセック入り
その中でも缶入りクッキーは、紙パーチで種類ごとに区切ったり、専用の仕切りトレイを使ったりして、破損しないよう丁寧に並べて入れたものが多く、蓋を開けた時のきっちりと詰められた美しさも見所です。サイズ感も重要で、最近のクッキー缶は、4~5種類の焼き菓子を3~5個ずつ程度入れた、2,000円台程度のものが目立ち、缶のサイズも小ぶりなものが多くなっています。
デザインも多彩です。東京・目黒区のパティスリー「アディクト オ シュクル」も、フランスの伝統菓子を詰め合わせたフールセック缶が大人気ですが、オーナーパティシエールの石井英美さんの愛猫をモチーフにした愛らしい柄も、人気の理由の1つです。赤色単色でさまざまな表情の猫が印刷された「ボワット レ シャ」は、正方形の缶に5種類のフールセック入り。印刷色や缶の色違いが登場することもあります。

「アディクト オ シュクル」の「ボワット ブルー」は6種類のフールセック入り
ファンから「青缶」とも呼ばれる「ボワット ブルー」は縦長の缶に6種のフールセック入り。他にも、イベント限定などで別デザインの猫柄缶が登場し、人気の缶は再登場することもあります。
東京・世田谷区の「リョウラ」の「サブレアソルティつばき」の缶は、オーナーパティシエの菅又亮輔氏の故郷の花、佐渡椿が描かれています。フランス菓子店ながら和の雰囲気も醸し出され、年末年始のご挨拶など、冬から春にかけてのギフトにぴったりです。蓋の角が丸みを帯びていることや、蓋の側面にも絵が描かれ、「Ryoura」というお店のロゴが印刷されているのが特徴的な缶です。まるで漆塗りの文箱のような美しさで、私も大事に取っていてアートのように飾っています。

「リョウラ」の「サブレアソルティつばき」
中身は、日本のお煎餅の詰め合わせ「吹き寄せ」のように、さまざまな種類のサブレやメレンゲ菓子をランダムに収めたスタイルです。ヨーロッパのフールセックの詰め合わせは、このタイプの方が多いと思います。
たとえばフランスのアルザス地方で「ブレデレ」と呼ばれるクリスマスクッキーなどは、このように混ぜこぜで入っていて、気軽にパクパクとつまめる雰囲気です。これだと、詰める時間は短縮できますが、日本人の几帳面さゆえか、最近人気の缶入りクッキーは、きっちり隙間なく詰めたタイプが多いように思います。
缶入りクッキーブームの立役者、缶メーカーの提案

「株式会社修芸社」の「スクエア缶」のサンプル※カラーバリエーションは終売や変更あり
先程お伝えした「cafe-sweets」の特集の中に、「包材メーカーに聞く 今、売れている包材、教えてください」というページがありました。そこに掲載されていた「株式会社修芸社」(本社:江東区)のカラフルな缶のバリエーションを見て、「アディクト オ シュクル」や「リョウラ」をはじめ、私がよく見ていた都内の人気店のクッキー缶はこれだったのか!とわかりました。
同社では、さまざまな色の無地の缶を在庫として保持していて、発注を受けて印刷に対応しています。カラーバリエーション豊富な120mm角×高さ42mmの「スクエア缶」は、雑誌掲載当時でも120個から、現在は60個からと、かなりの小ロットで注文可能です。こちらが「アディクト オ シュクル」の「ボワット レ シャ」に使われている缶となります。納期は、印刷工場の混み具合によりますが、イラストレーターの完成データ入稿後、1色印刷の場合は2~3週間、フルカラー印刷の場合は3週間~4週間程度が目安だそうです。

「株式会社修芸社」の「プティ缶」(旧版)のサンプル※カラーバリエーションは終売や変更あり。
「リョウラ」の「サブレアソルティつばき」に使用されているのは、130mm×90mm×高さ50mmの「プティ缶」でした。こちらのサイズも150個から印刷が可能だそうです。
この「プティ缶」は、2025年に少し仕様が変わり、蓋がわずかにアーチ状だったものがフラットに、底が塗装からゴールドへ変更となり、順次切り替わっています。
代表取締役社長の津田修伺氏にお話を伺ったところ、パティシエの方々の口コミにより少しずつ広まっていたところ、「cafe-sweets」の特集も大きな反響があり、お問い合わせが増えたそうです。また、Instagramのアカウントも運営し、新サイズやカラーの情報を発信しているため、それを見て問い合わせてくるお客様もいらっしゃるそうです。菓子店の経営者だけでなく、お菓子教室の先生などからの発注もあるそうで、ネットショップから直接購入することもできます。
かつての缶印刷は、何万個単位でないと受けてもらえないのが一般的で、折り畳んだり重ねたりできないため、多数の缶の在庫を保管しておくことも、個人店には難しい条件でした。小ロットで発注可能であれば、イベント限定缶や、季節限定の色違い缶なども、気軽に作ることができます。お客様も、今しか買えない缶入りクッキーが並んでいたら、つい購入したくなりますね。

「株式会社修芸社」のショールームにて。四角い缶のみでなく平たい丸缶のカラーバリエーションも展開。
「株式会社修芸社」では都内を中心に、お付き合いのある店舗に足を運ぶことで、オーナーの今の課題や希望を聞いたり、店舗の様子を実際に観察したりすることにも努めているそうです。重要な情報収集であり、営業活動でもありますね。
近年の需要増加に応え、現在は、小サイズの缶を仕入れ、小ロットでの印刷に対応してくれる大手包材メーカーも増えました。
一方、缶入りクッキーの人気が高くなりすぎて起きる問題もあります。私もこの数年、しばしば、「商品が完売してお客様からの希望はあるが、缶が納品されないため追加製造できない」という話を耳にしました。
製缶業界でも、人手不足による製造の停滞や、材料原価や人件費増加によるコスト増加が課題となっています。また、人手不足傾向は菓子店も同様です。1日8時間という限られた労働時間内で職人仕事を進めるためには、パートタイマーやアルバイトスタッフに任せられる仕事を切り分けて、分担していく必要があります。クッキーを缶に美しく詰めるといった仕事は、機械での作業はなかなか困難で、人手でなくては難しい繊細な工程です。
そんな中、最近は、小さな缶入りクッキーの人気が定着したお店で、逆に大きな缶が欲しいというお客様からの要望も増えているようです。200g詰めるのに対して、400g詰めると作業時間が2倍になるというわけではないので、お店にとっては、大きな缶で売れた方が効率が良いでしょう。缶入りは日持ちが長めとはいえ、ロスを出さないですむよう、月に1度の受注生産制にするなど、手に入れること自体が特別という付加価値をつけるのも効果的かもしれません。
クッキー以外に、チョコスナック類やプチサイズのチーズケーキ、アイスケーキを缶に入れて販売し、お取り寄せスイーツとして人気を博しているお店もあります。ブームのその先の可能性を考え、先駆けて実践することで、唯一無二の商品やサービスを提供できます。やっぱりあのお店で買いたい!と思ってもらえるといいですね。
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