オランダに学ぶレトロ・リノベーション(前編)—— 街を見守ってきた建物のDNAを引き継ぐホテル
私の住むオランダでは、ヴィンテージが流行っています。「古さ」を好む傾向は建物にも見られます。教会、工場、倉庫などすでに役目を終えた建物を、構造を残したまま上手く再利用してスタイリッシュなスポットに再生させ、エリア全体に活気を蘇らせるという事例が、さまざまな街で起こっています。
木造建築が主たる日本とは違い、築数百年の石造建築物がざらにあり、地震の心配もない国だからこそ可能なリノベーションかもしれませんが、世界全体がサステナビリティに舵を切ろうとしている今、オランダ流のイノベーションもまた、ヒントになると思います。
今回はオランダのレトロ・リノベーション例を、前編と後編に分け、ホテル、フードコート、レストランの3つ施設をご紹介します。前編は、ドートレヒトの郊外にある貯水塔を改装した四ツ星ホテルのVilla Augustusです。
水辺の街に建つ給水塔
ドートレヒトはアムステルダムから電車で約1時間半、南ホラント州に位置しています。ロッテルダムに近く、12~13世紀には南ホラント最古の街として栄えました。アウデ・マース川、ドルトス・キル川などいくつもの河川に取り囲まれた水の豊かな街です。
中心街から約2㎞の水辺に給水塔があります。今から約130年以上前の1882年、ドートレヒト自治体が市民のために建造したものです。33mの高さをもつ塔を中心とした複合施設で、周りには貯水池もあり、水質の研究室、ボイラー室、エンジン室などの棟や、技術者の寄宿舎もあったそうです。
給水塔としての役目を終えたのは1965年のこと。オランダでは歴史や文化の観点から価値のある建造物を指定するRijksmonumentという制度があり、この給水塔も登録されましたが、ドートレヒト市が再利用検討に乗り出したのは2002年のことでした。
1900年代にロッテルダムに建てられた船舶会社をホテルに改装したことで名声を得たオランダ人エンジニア、デザイナー、起業家3人が組んで、給水塔とその周辺を大改装し、2007年、Villa Augustusとしてオープンさせました。
Villa Augustusはホテルだけではありません。1.5haという広大な土地に庭、マーケット(ショップ)、カフェ、レストランがあり、名前のとおり片田舎の大邸宅(Villa)を彷彿とさせる造りになっています。オープン以来、週末となれば、近隣から大勢の人が訪れる人気スポットです。
百聞は一見にしかず。歴史的建築物を活かしながら温もりとスタイリッシュ性が同居するユニークな施設を見てみましょう。
ポンプ棟をレストランに改装
ドートレヒト中央駅からバスで7分ほど。バス停留所のある車道に面して入り口があります。うっかりすると見過ごしてしまうほど控えめ。看板もたっていないので、知らなければホテルだと気付かないくらいです。
入り口の奥はレセプションではなく、ショップ兼カフェになっています。かつてポンプ棟だった建物で、天井を走るインダストリアルな鉄のパイプや階段などの無骨な構造が、インテリアやにぎやかに並ぶお土産の可愛さを引き立てています。ガラス越しの工房で焼いたパンやお菓子、デリも販売しています。
ショップの奥はレストランになっています。広い空間にはまったく新品感がありません。シートはソファ席、木製、プラスチック製、テーブルもバラバラで、その不統一によってにぎわいに満ちた雰囲気になっています。エントランスにショップ、レストランがあることで、ホテルに入った感じがまったくなく、ウィークエンドランチを目的に大勢の人がやってくるのも納得です。
ホテルレセプションのある給水塔にいってみましょう。ここでも、ヴィンテージの家具や椅子がランダムに置いてあって、個人オーナーが趣味でしつらえたB&Bのような手作り感があります。
給水塔を抜けると、Villa Augustusのハイライトである広大な庭園が広がります。ハーブや花、果樹を栽培する農園、庭園に分けてられており、庭で栽培した野菜やハーブは料理の材料として使われています。庭園として造りこみすぎず、農園としても整え過ぎず、庭をさまよいながら、そこかしこに置かれたベンチに腰掛けたり、ビジターもゲストもゆっくりと過ごすことができます。
ホテル客室は給水塔に20室、水上に8室、庭に17室の計45室。ひとつとして同じ部屋はありません。バンケットルームや会議室など、イベント、ビジネス用途の設備も完備しています。
人々を見守る建物から、人々が集まる建物へ
Villa Augustusは中心街からは徒歩で30分ほど。遠からず、近すぎない位置にあるのは、街に住む人々のための給水塔だったからでしょう。その昔、ここで水がくみ上げられ、浄化され、それぞれの家庭へと運ばれていきました。平原にすっくと建つ給水塔は市民にとって誇りであり、安心できる存在だったことでしょう。
100年以上前のことだったとしても、そのような慕情はその場に色濃く残っているものです。実際、夜空に輝く塔の光は、家路を示す灯台のように見えました。
このホテルを手掛けた3人のうちの1人、女性デザイナーDorine de Vos氏のイラストやインテリアがVilla Augustusに独特の世界観を与えているのは間違いありませんが、土地と建物の声に耳を澄まし、余計な手を加えず、過去と現在をつなぐようなリノベーションをしたからこそ、今でも人々でにぎわう場所に再生できたのではと思います。
協力:オランダ政府観光局
www.hollandflanders.jp
▼後編はこちら
オランダに学ぶレトロ・リノベーション(後編)—— 地元愛とサステナブル
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