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【特集】世界の今。新型コロナウイルスが変えた私たちの生活(10)——「オランダ・デンハーグ」の今

イースターホリデーも終わり、オランダは今日も晴天に恵まれています。飛行機雲のない空は澄み渡り、3月末から始まったサマータイム以降、日照時間がぐんぐんのびて、午後9時前まで明るくなっています。クロッカス、水仙、チューリップらが次々と花を咲かせ、オランダが最も美しく、オランダ人が最も楽しみにしている季節が確実に到来しています。

でも、街にはいつものようなざわめきがありません。多少寒かろうと「外テラス席」が混み合うカフェも、椅子とテーブルをしまい、通りはひっそりと静まり返っています。

外出制限令が発令されたのは、今から1か月ほど前。この間に、人も街もすっかり変わってしまいました。どのように変わっていったか、筆者の目線で綴っていこうと思います。

Photo:世界最大の花の公園「キューケンホフ」。1年のうち2か月だけオープンしますが、今年は残念ながら閉園。ビジュアルツアーがウェブサイト上で公開されています。

握手禁止から始まった

クルーズ船での集団感染など、日本で新型コロナウイルス感染が大きく報道されていた2月中旬頃。オランダでは、「中国で何か大変なことが起こっている」程度の認識でした。

アジア差別の噂を耳にするようになり、実際、アムステルダムで通りすがりの人から捨て台詞を言われたこともあって、もしかして住みにくくなるのかなと、感染よりもむしろそっちのほうが気になりました。しかし、オランダでは日本で報道されたようにエスカレートすることもなく、いつの間にか噂もなくなりました。

その後、北イタリアで感染者が見つかり、日に日に感染者数が増加しているというニュースが入ってきたあたりから、オランダもまた無傷のはずがないと、周囲が少しざわつきはじめました。

2月27日、オランダで初めて感染者が発表されました。北イタリアに出張した人が発症したということでした。その頃から、ショップやスーパーでハンドソープが突然品薄になります。消毒ジェルのたぐいではなく、いわゆる普通の手洗いソープです。

多くのオランダ人には、手洗い習慣がなかったようです。あるオランダの新聞のアンケートによると、お手洗いの後、なんと50%のオランダ人が石鹸で手を洗わないと答えたのだとか。そういえば、うちに遊びに来る友人も、日本人なら手を洗いに洗面所に直行、オランダ人はそのままソファに座っていたな…。

手洗いは自然と身につくものではなく、私たちのように幼い頃から徹底されたからこその習慣だったのだと、品薄になった棚を見て気付くのでした。

3月上旬、オランダのルッテ首相から、コロナウィルス対策の第一弾「しばらく握手はしないように」が発表されました。発表した直後、隣にいたオランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)の所長とうっかり握手をかわしてしまうおまけ付き(笑)。

Photo:つい握手をしてしまったルッテ首相とRIVM所長(Hart van Nederlandより)

その頃の感染者は320人くらい。イタリアではすでに都市封鎖が行われましたが、オランダでは首相が笑ってすまされるほどの受け止めにすぎませんでした。

「ハムスターしないでください」

RIVMのサイトでは、午後2時頃に感染者数などの情報が毎日更新されるようになりました。3月1日の10人から、ほぼ50人単位で感染者が増加し、追加の対策が発表された3月12日には600人台に。

追加の対策とは、可能なら在宅勤務に切り替えること、大学・高等教育機関閉鎖、100人以上の集まりはキャンセル、人と人との距離は1.5mを保つなどでした。まだゆるくないか?と心配する声が周りで多く聞かれました。

Photo:みごとに空っぽになった野菜コーナー。Pastinaak(パースニップ)だけが大量に残っていました。今は品薄なものもありますが、ほぼ解消されています。

その夜、牛乳が切れそうだったので、夕食後、夜10時までやっている近くのスーパーに行きました。すると、そこには今までに見たこともない光景が広がっていました。ない、野菜も、肉も、乳製品も。棚が見事にすっからかんでした。

オランダ語で買いだめ行為を表す動詞は「Hamsteren/ハムスターする」です。そうか、だから、大手スーパーのキャラがハムスターなのか。対策を発表するルッテ首相も「みなさん、ハムスタらないでください!」と怒りながら訴えていました。

その週の日曜日(3月15日)、家にいるのが苦痛になり、友人と一緒に森の散歩することにしました。散歩の帰りに寄ったカフェでは、居合わせたオランダ人が、いつものハグ、3回キスの挨拶の代わりに推奨されていた肘ごつき挨拶を楽しそうにしていました。

友達とおしゃべりをしていたら、突然「あと30分で閉めるから」と言われ、慌ててお会計を済ませて家に戻ったところ、政府から更に対策が発表されたことを知りました。主な対策は以下の通り。

・4月6日まで小学校、保育園、MBOの学校休業

・4月6日まで飲食店、ミュージアムやコンサートホールなどの公共施設、スポーツクラブ、フィットネスクラブ、サウナ、セックスクラブ、コーヒーショップ*は休業

・人と人の距離は1.5mを保つ

・3人以上の集会禁止

・散歩などはいいが、なるべく一人で

・1.5mの距離を保たなかったりなど、違反した人には罰金を科す

(*コーヒーショップとは合法的にマリファナが吸える、購入できる場所です。発表直後に店の前に大行列ができたため、前言撤回、オープンとなりました。)

加えて、個人事業主や飲食店への補償対策の説明もありました。この発表があったのが午後5時30分。その30分後の6時に飲食店は全て休業という、日本の学校休業どころではない特急通達で、カフェのスタッフが慌てていたのも合点がいきました。

散歩からの帰り道、数時間前の賑わいはどこへやら、あっという間にひっそりとした街に様変わりしていました。

Photo:森の林床に春をつげる白いイチゲ。

インテリジェント・ロックダウン

オランダがとった道は、フランスやイタリアのように都市を完全封鎖するのではなく、外出制限令にとどめることでした。オランダ政府はこれを「インテリジェント・ロックダウン」と呼んでいます。「政府が大枠を示すから、国民は賢く行動せよ」という意味だと思います。個を大切にするオランダらしいと思いました。

オランダでは、普段はみんな好き勝手に過ごし、それを最大限に尊重する空気がありますが、時としてトップダウンを強行する時もあります。そういった時、人々は潔く受け入れ、同じ方向を向きます。それは命令に従う、和を乱したくないという気持ちからではなく、家族、隣人、自分が構成する社会の要請に積極的に協力するという考えに近いと思います。

私の周辺では、政府がメッセージを強く発してくれたので、これからどう暮らしていけばいいかが分かってやっと落ち着いた、安心したという声がよく聞かれました。

行動はすべて徒歩圏内に

3月初め頃から、友人と会う約束をそのまま決行していいのか悩むようになり、結局、全てキャンセルにしました。元々在宅勤務なので生活にそれほどの影響は出ないだろうと思っていましたが、インテリジェント・ロックダウン発令直後は、ささいなことに腹が立ったり、がらんとした観光名所に咲き誇る花や、池でのんびりと泳ぐ水鳥の姿に人間界と自然界の残酷なまでな距離を感じて、もの悲しくなったりしました。

Photo:がらんとしたセンター街。

Photo:休業を迫られた飲食店ではテイクアウトのサービスを始めているところも。

次第に電車やトラムにも乗らないようになり(実際は、間引き運転で運行されています)、行動範囲はすべて徒歩圏内になりました。今では、家がグリーンゾーン(安全地帯)、外がレッドゾーン(汚染地帯)と考えるようになり、家に入る前はアルコール消毒&手洗いを徹底して行うようになっています。外出にちょっとした覚悟がいるようになり、それが何だか悲しいです。

Photo:Social distance(社会的距離)がとれるよう、スーパーのレジでは床にテープが貼られています。

人との距離を保つため、大型スーパーではカート、小型スーパーでは買い物かごを持つのが必須になっています。このように皆が用心しながら行動しているものの、マスク着用率は1%にも満たないと思います。つまり、ほとんどの人がマスクをしていません。

テレビでもマスクは有益か否かなどのディスカッションが行われていたりして、在庫が足りていないのも事実ですが、着用の有無は文化の違いが大きいのではと思います。

とはいえ、私が住んでいるハーグはもともとのんびりしていることもあってか、今のところ、ギスギスした雰囲気はないです。道ですれ違う人とハローと声を掛けあうのは相変わらずで、変わったところといえば、にっこり微笑み合った後にざざっとお互い避けること。避けながらも心が温まる挨拶はできるものなのですね。

ある晴れた昼間、人っ子一人いない道を歩いていた時、この光景、どこかで体験したことあるな…と記憶を掘り返してみると、2014年のワールドカップでした。準決勝まで勝ち進んだオランダの試合がある時は、燦燦と太陽が照る絶好のお出かけ日和にも関わらず、街は不気味なほど静まり返っていたのを思い出しました。時々静寂を破って悲鳴に近い歓声があちこちから聞こえたものですが(オランダスコアの瞬間)、今はひたすら静かです。

政府から次々と対策が発表される度に、ハンドソープの他にも、オランダならではのものが品薄になっていました。それはパンの材料になる小麦粉です。個人店では見つかることもありますが、全体的に品薄は変わらず続いています。小麦粉は日本人の米のように買いだめしておくと安心する常備食なんだと、改めて小麦文化を感じました。

Photo:全粒粉、スペルト、セルフライジングフラワー、小麦粉など様々な種類があります。

お料理が趣味というわけではないですが、お料理くらいしか時間をつぶす手段が見つからず、「手間がかかる」「時間がかかる」を検索ワードにレシピを探していましたが、そうだ、オランダ人のようにパンを焼いてみたらどうだろうと思い、店で見つけたら小麦粉を買うようにして、パン作りに挑戦することにしました。

生地作りは時間がかかる上に、こねる作業は単純なだけに没頭しやすく(本当は単純ではないと思いますが)、恰好のストレス発散になっているようです。

1.5mのソサエティ

そのようにして約1か月が経ちました。政府の発言やCMなどで「De anderhalve meter-samenleving(=1.5mのソサエティ)」が盛んに唱えられています。この標語の場合、ソサエティには「一緒に暮らす」という意味も込められています。オランダらしく悲観もしなければ楽観もせず、地に足を付けてこの難局を乗り切ろうとしています。

水曜日の夜7時頃に、教会の鐘が一斉に鳴ります。「救援活動に関わるすべての人々に敬意を、そして人々がつながるように」という願いを込めて、10分ほど鳴らされます。空に響き渡る鐘の音を聞くと、一人じゃないんだ、頑張っている人がいるんだ、みんな一緒なんだと、手元が温まってくるような気持ちになります。

最近は、4月にしては暖かい日が続いています。庭で日向ぼっこをしていると、どこからかダンスミュージックが聞こえてきたり、BBQのにおいが漂ってきたりして、普通の晴れた日と何ら変わらず、壮大なトリックにかかっているのではないか、ちょっと大袈裟すぎるのではないか、すべて嘘なのではと不思議な感覚に襲われることがあります。

でも、RIVMのサイトをチェックすると、増加カーブが緩やかになっていると言われているものの、陽性者は今でも毎日800~1,000人の単位で増加している現実がそこにあります。この原稿を書いている4月14日現在、陽性反応が出た人は27,419人、入院した人は8,939人、亡くなった人は2,945人です(RIVMのサイトより)。

Photo:RIVMのウェブサイトで公開されている感染マップ

当初6日までの予定だった外出制限令は、政府の見解が発表される28日まで延長になっています。集会は6月1日まで禁止です。ですが、6月1日をもって全てが元に戻るとは思っていません。

オランダはイベント大国。本来ならば、週末はどこかで何かしらのイベントが行われ、主要都市では大規模なイベントが催されます。その代表格が、8月のアムステルダムでの「ゲイ・プライド」。町全体がクラブ化して、自分を縛るものは何もない、果てしなく自由なのだと、その喜びを爆発させます。そんなオランダらしい空気が一日も早く戻ることを願ってやみません。

Photo:運河で繰り広げられるゲイ・プライド。炸裂した喜びが街を覆いつくします。

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