国によって主食はさまざまです。私の住むオランダでは、他のヨーロッパ諸国のご多分に漏れず、ジャガイモです。スーパーでも入り口付近にジャガイモコーナーがどんと設けられています。男爵、メークインなどの品種ではなく、お料理別で袋詰めされています。パッケージには、ゆでる場合は20分、ピューレにする場合は25分、オーブンなら30分と調理時間も記述されています。
年間消費量は81㎏!
加工済みのポテト、冷凍食品も豊富です。マッシュされたものなどの他、茹でジャガイモのパックは大小サイズ別で丸ごと、櫛型、薄切りなどのカット別、フレーバーがついたタイプなど、様々な種類が用意されています。冷凍食品も、揚げるもの、オーブンで温めるだけのもの、太さ別、クランチーなど食感を売りにしたタイプなどがあり、そのバラエティの豊富さからオランダの食卓の真ん中には、ジャガイモがあることが分かります。
ポテト製品の大手サプライヤーであるオランダ企業のアヴィコ社(Aviko)によると、年間1人当たりのジャガイモの消費量はなんと81㎏! 内53㎏がジャガイモ、28㎏がポテトフライやポテトチップスなどのポテト加工品なのだとか。ちなみに、日本人の年間1人当たりの米の消費量は54.6㎏(2015年)だそうです。
ファストフードの王者、パタット
ジャガイモは内食だけではなく、ファストフード業界でも圧倒的な存在感を見せています。オランダの人たちはハンバーガーの付け合わせではなく、フライドポテトのみを直球で注文します。フライドポテトはオランダ語で「Patat」。ちょっとしたグルメ感をだすなら、ベルギーでの呼び方「Friet」を使います。
ケースは長方形タイプか筒型が主流。サイズはキッズ、ノーマル、ラージの3種類をよく見かけますが、ノーマルサイズでも夜ごはんが必要がないほどのボリュームです。実際、間食と同じくらいの割合で、ランチや軽い夕食替わりに店に立ち寄ってさくっと食べる人も多く見かけます。
日本のフライドポテトとパタットの大きな違いは、その豊富なソースです。マヨネーズ(フリッツソースともいう)が主流で、カレー、ケチャップ、ヨッピー(酸味のあるソース)、ピンダ(ピーナッツソース)など、別売りでソースが選べます。こだわりのショップだとその種類は10種以上になることも。<ポテトフライ=ケチャップ>は、実はアメリカの影響を受けた日本内の常識でしかなかったのだと気づかされます。
パタットを売るショップは、snackbar(スナックバー)と呼ばれています。スナックバーとは、オランダ式ファストフードショップの総称で、パタットやハンバーガーのほか、クロケット(俵型のコロッケ)、フリカンデル(ミンチ肉を棒状に揚げたもの)などオランダ固有のスナックを置いています。
スナックバーの軒数はオランダ全土で約4,800軒。日本国内の日本マクドナルドが約2,900軒。日本国内には牛丼、うどん、ラーメン、そばなど他にも手軽なファストフードショップがあることを考慮したとしても、九州ほどのサイズのオランダでいかにスナックバーがひしめき合っているか、わかっていただけると思います。大手チェーンの代表はFEBOとSmullersです。FEBOは各都市で70軒以上、Smullersはオランダ鉄道の主要28駅で展開しています。
パタット戦国時代?
オランダでは、ここ数年「食」への関心が高まっています。「健康」と「食道楽」の両輪で飲食業界を押し上げていますが、その影響もあってパタットにもスポットライトが当たるようになりました。フライドポテト専門店、ビオポテトを打ち出す店、グルメイモをメニューに加えたスナックバーなど、こだわりを打ち出すスタイルが増え、新旧入り混じってパタット業界を盛り上げています。
ハイエンド・パタット
さながら戦国時代に突入したかのような様相を呈するパタット業界で、いち早く高級路線を打ち出し人気を獲得したショップがあります。その名も「Frites Atelier」。
Frites Atelierは、2016年に一号店をデン・ハーグにオープンさせます。ミシュラン3ツ星獲得のオランダ人スターシェフ、セルジオ・ハーマン氏を共同経営者に迎えたことで話題を呼びました。ハーマン氏は父から引き継いだレストランをグレードアップさせ、その後も国内、ベルギーで4軒のレストランを出店しています。Frites Atelierはオランダに3軒、ベルギーに3軒あります。
ハーマン氏はこだわりのフライドポテトショップをオープンするにあたり、18カ月かけて理想のポテトを探したそうです。ほのかな塩分を含む肥沃な土壌によって豊かな風味になる、オランダ南西部ゼーランド州のジャガイモを使用しています。ソースは全部で5種類。€1.50の追加で2種類選ぶことができます。うち1種は「シェフのサジェスチョン」として4か月ごとに変えています。
別売りのソースをつけると€5。€3前後が一般的な価格なので決して安くはありません。通常はお店の人がソースをトッピングしますが、ここではお客さんが自由に選べること、お店の人がカウンター越しではなく別に設けられた場所で接客することで特別感を演出しています。
取材時、初訪問なのかいつものスナックバーと勝手が違い、店の真ん中で立ち往生する客さんを見かけました。そんな客を見るやスタッフがすっとキャッシャーに移動し、キャッシャーの横の壁にあるメニューでシステムを説明、同時に会計を済ませていました。接客が無駄のない動線としても機能しており、約2倍する価格差を吸収する絶妙な仕掛けだと思いました。
注文が入ってから前調理されたポテトを揚げます。ジャガイモをもう一度揚げてフィニッシュすることで、均一したクオリティを保てるそうです。来店するお客さん、注文を待つお客さんが程よく店に溜まり、店先にある立ち食いテーブルで揚げたてを楽しむ姿に、客が客を呼ぶ効果も生まれています。
取材で訪問したのは平日の開店時間の11時。いつも混んでいる店なので比較的空いている時間を配慮したつもりだったのですが、開店直後から絶え間なく人の波がありました。いつも食べている物だからこそ注意をひき、特徴が目に飛びこみやすく、味わいも深い。たかがイモ、されどイモ。主食はかくも人々の心に響くのです。