「この度、新しい顔になりました!」そのデザインリニューアル、一体なんのため?
はじめに
「綾鷹」「生茶」「南アルプスの天然水」といった清涼飲料水カテゴリーでは、パッケージのデザインリニューアルで市場復活・拡大を成し遂げたブランドがよく見受けられます。商品は市場に投入され、ポジションを得た後、売行き低下対策やブランド強化拡大の課題のもと、パッケージのデザインリニューアルを行うことが通例となっています。そして、成功の陰で失敗も多くあります。
ただ、失敗となった場合は多くのメーカーは即刻デザインを元に近い形にリデザインするため、私たちの記憶に残ることは少ないように思います。こうした失敗をしないためにはどうすれば良いか、パッケージデザインのリニューアル手法について少し考えてみましょう。
リニューアルのためのリニューアルになっていないか?
読者の皆さんが担当されている商品をはじめ、しょっちゅうデザインリニューアルがなされているのではないかと思います。流通商談の場での「この度、新しい顔になりました」という切り出し。それはリニューアルのためのリニューアルになっていないでしょうか。
新商品デビューした時の新鮮で素晴らしいデザインが、リニューアルの度にバランスが崩れていき残念なデザインになっていく例も多く見てきました。そうした事情も分からないではないですが、明確な目的、戦略なきリニューアルで一部変えてみましたというものは、ほとんどの人(お客様)はそのようなデザインの変化には気付いていないということです。
デザイン担当者は毎日見ているため小さなことも意識しますが、極端に言えばシズル写真が右から左に移っても気付いていないというのはよくあることです。一方、変わりすぎて既存ユーザーが商品を見失ったという事実もまたあります。
デザインリニューアルの失敗はよくある話
もう何十年も昔ですが、ある化粧品メーカーの担当者に聞いた話があります。その商品は「アイプチ」と言って二重まぶたを作る化粧品です。そのメーカーが開発した新商品でヒットし、一定のお客様を持っていました。そこに競合商品が参入し売り上げが低下したのか、リニューアルデザインを打って活性化を図ることになりました。しかしそのリニューアル商品は売れず失敗となったそうです。
当時のデザインについて筆者は詳しく知らないのですが、「アイプチ」ユーザーが店頭でその商品を見つけられず、「あらっ?アイプチはなくなったのかな」と、やむを得ず他社の類似商品を買ったということです。ブランド認識の上での記憶要素までもが改変されたため、お客様がそのブランドだと認識できなかったのだろうと推察されます。
皮肉なことに、その商品はひとつのコスメカテゴリーを開拓していたので、「アイプチ」という名称は本家を超えてカテゴリーネームとして拡大していったということです。(現在はそのメーカーのグループ会社のブランドとして引き継がれています。)
最近でも各社で同様の失敗は繰り返されているようです。サントリーの「南アルプスの天然水」ブランドは2018年国内清涼飲料の年間販売数量No.1のブランドでありますが、2013年頃のデザインリニューアルでは失敗もあったようです。
その当時の天然水飲料市場では海外の天然水ブランドの攻勢や、「い・ろ・は・す」のヒットで1位を取られるなどした後、しばらく苦戦を強いられていたため、1位奪取を目標のもと戦略的にデザインリニューアルを行いました。サントリー社のコーポレートメッセージである「水と生きる」を代表するブランドであることをアピールするため、環境への取り組みと若い世代への訴求を表現したデザインリニューアルと、首掛けPOP展開が行われました。
そしてこれらの取り組み実施後の結果は、販売が不振となり、シェアを落とすことになったそうです。当時のデザインにフォーカスしてみると、切手ラベル風のフレームと郵便スタンプが直送感を伝えてきますし、環境を意図したかわいい動物イラストが若い世代に受けるという要素が用意されています。しかしその構成が強すぎて別の商品に見えた、あるいは当ブランドの別の新商品と捉えられたのでしょう。
先の例と同じく、いつもの商品を買いに来たユーザーが店頭でその商品を見失ったのだという報告がされています。この一件の後、新たに調整されたパッケージデザインとブランドエクステンション商品の展開で成功されてきたのは周知のとおりです。
従来のファンであった顧客が離れて売上を落としたと思われる例は、最近も見かけられました。長年、お馴染みの商品として一定市場を確保してきたあるチョコスナック菓子。その商品が売上不振傾向の対策としてか、あるいはさらなる市場拡大を目的としたものかはわかりませんが、従来のパッケージデザインを革新的に刷新し、市場に再投入されました。
しかし発売後の結果は思わしくなかったのか、早い段階でデザインはまた大きく方向転換されることとなったようです。このリニューアルは商品の製品中身自体は大きくは変更なかったと思われますので、パッケージデザインの影響が重要と見られます。
その商品のデザインの履歴は現在見ることができず、わかりづらいことを承知でお話を続けさせてもらいます。これはあくまで消費者目線からの推定ですが、主な原因として考えられるのが、デザインにおいて従来のブランド記憶要素(キャラクター、ネーミングロゴ等)が一切変更され、既存のユーザー顧客が「いつものあの商品がなくなった」と、リニューアル商品に引き継げなかったことがひとつ。そしてリニューアルデザインは明らかに新たなターゲット顧客の獲得を狙ったトーンであったが、その層に受けなかったか、あるいは受けても狭い領域(市場規模)だったからかもしれません。
ここではデザインにフォーカスしたお話にしていますので、戦略全体像まではいきませんが、このリニューアルの例のように商品ライフサイクルで成熟期から衰退期に入ったブランドにおいては、今ある顧客(資産)を捨てて新市場開拓に舵を切ることもありますが、綿密な設計が不可欠だと言えます。
デザインリニューアルの成功商品を参考にしましょう
近年、デザインリニューアルでヒットした緑茶飲料商品と言えば、「綾鷹」や「キリン生茶」でしょうか。2010年前後頃、日本コカ・コーラの「綾鷹」のボトルは湯飲み茶碗の造形を取り入れたボディに急須のシンボルイラストを中央に配して「急須で淹れたような緑茶」、「選ばれたのは、綾鷹でした(CM)」という新たなコンセプトフレーズとデザインでリニューアルデビューしました。
容量変更や複数ブランドを整理し、これ1点に集中するなどの戦略が奏功、緑茶市場のシェアがリニューアル前1%から20%(2014年)までになったということです。「綾鷹」のケースでは元の市場シェアから言ってブランド指名ユーザーは多くはなく、新商品レベルでの刷新リニューアルが可能であったと思われます。
キリンの「生茶」の2016年リニューアルヒットも記憶に新しいです。元々2000年にデビューしてヒットしたブランドでしたが、先の「綾鷹」や「伊右衛門」の参入にも押され苦戦状態の中、思い切ったリニューアルを図ります。新たな手法で粉砕した茶葉を使うから美味しい →茶葉は沈むから「新しい『生茶』は振って飲むとおいしい」をコンセプトに展開されました。
こちらのデザインはマット調の濃いグリーンを全身に覆った“びん”を思わせるボトルです。粉砕茶葉の入った濃い感じの演出もさることながら、あの頃の売場の一角の「濃い緑ゾーン」に思わず目を奪われたものでした。従来のユーザー顧客も「生茶」の強いロゴの明示によってつなぎ止めたと思います。リニューアル「生茶」は2016年末には売上前年比150%となり大成功となりました。
皆さんはお気づきと思いますが、これら飲料のPETボトルのデザインでは、グラフィックデザインもさることながらボトル形状に工夫が多くあります。これまで見てきた緑茶飲料では「竹筒」「湯飲み」「びん」といった具象で印象付ける工夫。天然水ではキラキラ冷たさ感を感じさせるクリスタルカット。また、ヒューマンセンタードデザイン(人間中心の設計思想)に基づく誰にでも持ちやすい、注ぎやすいといった容器開発も進んでいます。これらを駆使してリニューアルデザインを成功させていってください。
「隠しておきたい」から「見せたい」デザインへ
最後にこれまでの筋道とは違う特異な例として大幸薬品「クレベリン」のデザインリニューアルを見てみたいと思います。
特異というのは、発売から10年である程度の市場は所持していたにもかかわらず大胆にもデザインを一新したことで、店頭売上が前年同期比17%増と絶好調になっているからです。デザインはnendoの佐藤オオキ氏の手がけられたものです。
こちらのサイトも見ていただきたいのですが、「クレベリン」はウイルス除去剤(置き式、スプレー等)です。元のデザインの外箱は従来のパターン通りで、機能説明キャッチコピーと英文字ネーミングロゴを中心に置いています。中の置き式ボトルは英文字ロゴと機能表現マークといったデザインラベルです。
リニューアルされたデザインでは、ロゴからグラフィック全体まで過去のものを一切感じさせません。新たなボトル容器では、真っ白なボトルの中央に「英文字「C」がウイルス(点)を食べる」を想わせるロゴマークだけを入れるデザインとなりました。外箱はそのロゴマークと和文ロゴ「クレベリン」をメインとし、その下部に機能コピーとボトル写真を配置したものです。
ここには従来の機能のみを訴求する薬剤・衛生品という商品から、インテリアとして置ける生活デザイン商品へと発展させる狙いがあります。その他いろいろ計算された工夫がありますが、隠しておきたいデザインから見せたいデザインへの変革です。
これは以前に一部取り上げた「LOHACO」のパッケージデザイン( https://pake-tra.com/premium/4244/ 参照)にも通じるものではないでしょうか。そしてブランド群全品種のこのリニューアルが他にはないアプローチだとして流通店舗にも共感され、大きな陳列スペースの確保につながっているとのことで売上拡大の推進力となっているもようです。
さいごに
デザインリニューアルは、時代の価値観の変化推移に合わせてデザインをアップデートしていくという側面もありますが、まずはその商品の課題と目標に向けて行われるものです。既存顧客と新規顧客のこと、新たな商品特徴やコンセプトの打ち出しにおいて明確な戦略なきデザインは上手くいきません。そして何をもって顧客はそのブランド認知をしているか、どうデザインすればより訴求点が伝わるかが大切であることは言うまでもありません。
[参考]
■イミュ株式会社「アイプチ」
https://www.imju.jp/shop/c/c1030/
■「サントリー天然水」2013年リニューアル 2013.3.26ニュースリリース
https://www.suntory.co.jp/news/2013/11727.html
■nendo佐藤氏によるデザイン刷新 大幸薬品「クレベリン」絶好調/日経クロストレンド
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/00161/
※「日経クロストレンド」のサイトは有料会員制ですが、記事前半は無料枠となっており、本文紹介商品の画像を見ることができます。
マーケティングの世界でインサイトという言葉が広まってから随分経ちました。商品開発やコミュニケーション戦略では盛んに用いられてきましたが、パッケージに関してはどうでしょう?
— パケトラ【海外在住ライター募集中】 (@Pake_tra) July 26, 2019
水曜日のネコ、悪魔のおにぎり。売れるパッケージからインサイトの大切さを見る
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